俺の見つけた宝物



 事務所から単車を飛ばして数分で、サカタの隣にある駐車ビルへと着いた。路上からビルを見上げる。窓には人影は見えない。
「ビリー、無線通信、所長につないでくれ」
 思考トリガーでビリーに指示を出す。IANUSを介した無線通信では、お互いに喋る必要はない。表層意識に思い浮かべた言葉を、IANUSが音声データへと変換して相手に送ってくれるのだ。そして、受信した側はその音声データを直接脳に届ける。つまり、お互いに一言も喋らずに会話ができちゃうってわけだ。
(アキラ、接続完了)
 ビリーの返答を聞くと、俺は所長に声をかける。
「所長、今、何階ですか? 見張りは?」
「5階にいる。敵さんは全部の階を調べた後、2階に降りていった」
「まあ、この時間じゃ、ビルもガラガラでしょうからねぇ。好んで上の階に止めると怪しまれますかね」
「怪しまれるだろうな、2階に止めとけ。枝がつくのが怖いから切るぞ」
「おーらい。頑張ってくださいね」
 接続を切ると、俺は単車で駐車ビルに乗り入れる。ちなみに、枝がつくっていうのはハッキングされるってこと。いくら無線で使用しているアドレスは限られた人にしか教えてないと言っても、ニューロってヤツは簡単に侵入してくるものだ。用心にこしたことはない。一旦枝がついてしまうと、下手をすればIANUSまでクラックされかねない。IANUSを操られるということは、自分を操られることに等しいから、IANUSで無線接続するってのは注意が必要なのだ。
 単車を停めると、それとなく気配を探る。おそらくは影化しているのだろう、姿は見えないけど気配を感じた。チャーリーと比べればまだまだといったところか。もっとも、俺はこの気配を察知する能力には自信があるのだが。見張りに気づいた素振りは見せずに、俺は駐車ビルから出て行った。今の目的は見張りじゃない。

 サカタは開店直後ということもあって、客はいないようだった。俺は商品の物色をせずに一直線にカウンターへと向かう。
「スラムで評判を聞いてきたんだ、調整をお願いしたい」
 そう言って、愛用の44マグをカウンターに乗せる。
 俺はストリートで評判を聞いてきた若いカブトを装っている。まあ、半年前の姿なので、装うってほどのもんじゃないんだが。
「いらっしゃいませ」
 愛想笑いのサカタの店主――データによるとサカタ ユウゾウという名だ――は、カウンターに置かれた44マグを手に取ろうとするが、俺は銃の上に手を置いて下から覗き込むように店主の目を見つめる。
「こいつは、俺の命を何度も救ってくれた相棒なんだ。本来なら他人の手に触らせたくはない。評判は聞いているから腕の心配はあまりしていないが、安心のために、タタラには俺から直接渡したい」
 俺の言葉に、サカタの店主は明らかに狼狽したようだった。それでも、サカタの店主は唾を飲み込むと、俺の目から視線をそらすことなく言い切った。
「いえ、それはできかねます。それでしたら、こちらでお受けすることはできません」
「どうしてもダメだっていうのか?」
 俺は眼光を強めてみるが、それでもサカタの店主は真っ向から受け止め、引く気はないようだった。体が小刻みに震えているが、それでも視線の奥には臆した気配はない。これはアレだな、守る者がある人間が力を振り絞っている目だ。俺は、この目をした人間が絶対に引かないことを、よく知っている。
「わかったよ。それじゃあ、よろしく頼む。だが、なるべく早くお願いしたいんだ」
 眼光を緩め、柔和とも言える表情を作ってやると、明らかにサカタの店主は安堵したようだった。
「あ、はい。2日でお渡しできると思います。料金は後払いになっております」
「2日? 料金の割増をしてもいいから、明日には何とかならないか?」
 なるべく急がせるというのは予定通りなのだが、半ば本気で俺は訊ねる。本当に、手元にないのは不安なのだ。プロは武器を選ばない――なんて思ってる奴がいるとしたら、それは大間違いだ。プロは武器を選ぶ。プロにはプロが必要とするだけの性能が必要なのだ。
「いえ、ご満足いただくためには、やはり2日はいただきませんと。明日お渡しするためには、今晩でやっつけ仕事になってしまいます。それは当店としましても本意ではありませんので」
 確かに、サカタの言葉には納得できる。だが、今晩・・・?
「他の作業を後回しにしてもらうことはできないのか? そうすれば、まだ朝なんだし、今日1日あるだろう? タタラはここにいるんじゃないのか?」
「あ、いえ。私どもが契約しているタタラは、自分の工房で作業をしていますので。運ぶ時間なども考えますと、やはり明日というわけには」
 なるほどね。大体予想はついていたけど、タタラはここにはいないってわけか。まあ、このビルはサカタしか入っていないようではあるが、タタラが修理とかを行うための設備などが置けるとも思えない。防音設備もそんなに整っていないようだし、もしここでタタラが作業しているなら、周囲から騒音の苦情の声が聞こえてもいいはずだ。昨日の聞き込みではそれはなかったし。
 やはり、娘が別の場所にいて、そこで修理しているって線が強そうだな。明らかに怯えていても、娘を守るためには譲れない――そういう気持ちであれば、さっきのサカタの店主の目にも納得がいく。
「わかったよ。それじゃあ、お願いするよ。ただし、受け取りは明後日の朝イチで頼むぜ?」
 俺の言葉に、サカタの店主は頷きを返す。それを見届けて、俺はサカタを後にした。

 さて、と。これからの行動だが。
 まあ、やることは一つしかないわけだ。俺が今預けた44マグがタタラに届けられるのを尾行して、タタラに会う。それだけだ。
 しかし・・・
 駐車ビルの単車の元へと歩きながら、俺は考え込んでしまった。
 どうやって、タタラに会うか、それが問題だ。普通、知らないヤツが会いに来たら、警戒するよな。特に14歳の娘が知らない若い男に対して、気軽に会うとは考えにくい。ストリート出身なら尚更、だ。
 こういう時、所長なら何とでもしてしまうのかもしれない。だけど、俺はカブトでしかない。どうやって護るかは分かるのだが、閉じたドアを開けさせる手段となると・・・
 ドアをぶち破る方法しか思い浮かばず、俺は苦笑する。今はまだ、事を荒立てるのはまずい。俺にだってそれぐらいの判断はできるのだ。それに、今回俺がタタラに会ってみたいっていうのは、もちろん何かしら情報をつかみたいってのもあるのだが、その根底にあるのは好奇心にすぎない。
 父親がやばいことに手を出しているのを知っているのかどうか。そして、自分の今の状況に満足しているのかどうか。
 俺は、その娘にかつての自分をだぶらせているのかもしれない。
 まあ、とりあえずは場所を押さえてから、だな。ぐだぐだ考えてたってしょうがない。出たとこ勝負、後は野となれ、だ。
 単車に跨ると、俺は駐車ビルを出る。駐車ビル内に見張りの気配を感じたが、敵意はないようなので無視した。駐車ビルが見えなくなったところで単車を路肩に止めると、俺は首の後ろのジャックに受信器を差し込んだ。
 この受信機は44マグのグリップの中に埋め込んである発信機の電波を拾うためのものだ。受信機自体は電波を拾うためのアンテナに過ぎず、拾った電波から場所を特定するのは、IANUSにインストールしてあるツールにて実施する。
 ビリーに命じてツールを起動させると、黒いモニタ映像が視野の左下隅に表示される。中心に自分の場所を示す輝点が表示される。しかし、発信器の場所――つまりは44マグの場所を示す輝点は表示されず、Unknownの文字が点滅している。まあ、4,5分間隔で発信するので、つけた瞬間に拾える方が珍しいのだが。
 しばらく待つと、Unknownの文字が消え、44マグの場所を示す輝点が表示された。方位、距離ともにサカタの位置と一致している。
 さて、動きが出るまでこの辺で待機してなくちゃならないわけだが。
 住宅街の片隅でずっと待機してるわけにもいかない。怪しすぎる。一応所長からサカタに動きがあったら連絡が来る手はずにはなっているけど。
 こんな通りで単車に跨ってるのがどれぐらい場違いかはよく解る。俺はとりあえず移動することにした。時間を潰せる場所がいい。今日は近所で聞き込みを行う必要はない。いや、むしろ行ってはまずい。サカタを調べているということを印象づけてしまうからだ。
 しょうがない、俺は馴染みの茶店にでも行くことにした。
 アサクサと住宅街の間には、緩衝剤的に商店街が広がっている。アサクサよりの商店は雑多な店なのだが、住宅街に近づくにつれて段々と高級な店に変わっていく。こうして、うまいこと住みわけがされているわけだが、俺の馴染みの茶店はそのちょうど中間ともいえる場所にある。ストリートキッズ上がりの雰囲気を纏っている俺でも邪険にされず、かといって騒々しくもない。ストリートキッズと社長息子との狭間にいるような俺にはぴったりの店ともいえる。
 視野の隅に表示させたままのモニタに映る輝点の位置は移動していない。動いているのは俺の方だ。長周期短波の電波は探知されづらいとはいえ、逆に言えば、頻繁な移動には対応できない。こうやって目を離して茶店なんかで待機できるのは、言うまでもないことだが、所長が張っていてくれるからだ。
 俺はマスターに「いつもの」とブレンドコーヒーを注文すると、がらがらのボックスシートの一席に腰を下ろす。平日の午前中なんかには、この手の店が込み合うことはない。もう少し住宅街よりなら、子供と旦那を送り出したお母様方が店を埋めつくしているのだろうが。
 俺はとりあえずテーブルに設置されているタップのケーブルを手に取ると、首の後ろのジャックに結線する。イントロン――Web上の仮想空間にダイブすること――すると、図書館のようなスペースが目の前に広がっている。Webカフェというヤツは、こうやってイントロンすることで、雑誌やら書籍やらをその場で閲覧可能にしてくれていたりするわけだ。この手の設備が無い店よりはチャージ代込みなので若干高めの値段設定だが、ちょっとした暇つぶしにはむいている。
 俺は司書のプログラムを呼び寄せると、ここ数日の新聞を取り寄せることにした。こうした仮想空間の中では、プログラムも人間と変わらなく見える。違うのは、お呼びがかかるまでまったく微動だにしないところぐらいか。この司書はスーツに身を包んだ女性の姿をしている。物腰が柔らかいのは、この手の人に奉仕するタイプのプログラムが持つ擬似人格に共通だ。
「ご要件をお伺いします」という司書の言葉に、俺は自分が求めている種類の情報が乗っている新聞を要求すると、司書は2秒で検索を終えたらしく、新聞を一部差し出してきた。
 差し出された新聞を受け取って用が無いことを告げると、司書はまた元の立ち位置に戻っていく。だが、俺の意識はすでに手に持った新聞にむいている。
 このまま電脳空間上で現実世界のように新聞を読むこともできるが、それではリアルでコーヒーが飲めない。俺は新聞を手にしたまま、この図書館のような空間に唯一ついた扉に向かう。扉の前には男が立っているが、これはこの電脳空間のゲートキーパーである。つまり、この扉がこの空間と外との接点というわけだ。
「お帰りになられますか? お手持ちのデータは接続中はいつでも閲覧が可能ですが、ダウンロードする際には別途金額を請求させていただきます」  丁重だが事務的な言葉に同意の返事をすると、男は扉を開ける。次の瞬間、俺はボックス席に座っている自分の姿を発見する。こういう無防備な状態でイントロンするのは、本当は勧められるようなことではない。イントロン中は、ワイア&ワイアによってほぼ全ての神経系が肉体ではなく電脳と結びついてしまうため、体に何かが起こっても感じられないのだ。まぁ、俺みたいにIANUSを入れていれば、イントロン中の肉体の管理を任せることができるわけで、例えば、イントロン中に体に誰かが触れた場合などに、IANUSのバディにイントロン中の自分に対して警告を発してもらって、すぐに現実世界に戻ることができる、というわけだ。
 ちなみに、今の俺の状態は、イントロンはしていないが、ここのWEBにはまだ繋がった状態でいる。先ほどの新聞も、データとしてアクセスした状態にある。俺はビリーに命じて、新聞のデータを表示させる。
 俺の視野の端に、新聞が浮いている。これはアクセスした新聞のデータを、ビリーが俺の視覚に見せているわけだ。俺はそこに本当に新聞があるかのように手を伸ばすと、新聞を手に取った。
 端から見てると、非常に馬鹿っぽい状態なんだよな、これ。俺には新聞として感じ取れるし読めるのだが、本当には存在していないわけで、新聞を読んでるフリをしているように見えるわけ。ウェットな頃は馬鹿にしたものだったが、実際にIANUSを入れてしまうとこの便利さは手放せない。
 あ、まったく蛇足な話だったな。とにかく、俺は記事に目を走らせる。ブラックハウンドの隊員の死亡に関するここ1ヶ月ぐらいのニュースを集めたものだ。ブラックハウンドから聞いた話だけで今は進めているが、ブラックハウンドの隊員が死んだとあっては、トーキーたちだって黙ってはいないだろう。マスコミにどのような情報が載っているのか、確かめておくのは悪くない。
 ざっと新聞に目を通したが、既知の3件の死亡事故について、記事になっているのは単車で死んだ1件だけだった。事件の背景などについては何も触れられていない。ブラックハウンドを狙った狙撃というのは、センセーショナルなネタだと思うのだけれど。狙撃についての可能性すら書かれていなかった。これは・・・トーキーが無能なのではなくて、ブラックハウンドが止めたというのが正しい見方だろうな。取材を続けているトーキーもいるかもしれないが、大半のトーキーは金にならないネタは追わないから、ブラックハウンドが止めに入った事件について調べている人間は少ないと見て間違いない・・・かな。
 俺がコーヒーをすすりつつ新聞を眺めていると、所長から無線通信がきた。
「アキラ、お前、どこにいるんだ? こっちに動きがある。サカタから女性が出てきた。妻のユウコだな。駐車ビルに入ってくるようだぞ」
 待ってました。俺は時計を見る。11時半。サカタ夫婦はどうも店の上で寝泊まりしているようだが、タタラはそこにはいない。タタラが娘だとして、飯の用意を兼ねて、修理品を運ぶのは想定していたことだ。
「OK、2秒で行く」
 俺はWebと切断すると、タッチパネルにカッパーを触れさせて支払を済ませて、店を飛び出した。視野の隅に表示されているマグナムの位置も移動を開始した。よし、おっかけっこっと行きますか。
「アキラ、ユウコは赤の軽に乗ってビルを出た。接続切るぞ」
「了解」
 返事をしつつ、俺はすでにWINDSを始動している。咆哮を挙げる白狼をなだめつつ、俺も咆哮を挙げる気分でアクセルをふかした。
 どうやって扉を開けさせるかは、もはや考えないことにした。動き出したら流れに乗るだけだ。
 最初の輝点の移動から、ユウコの乗る車の向かう方向を割り出すと、俺は獲物めがけて飛び出した。アクセルはフルスロットル。プランは例の如く、臨機応変(いきあたりばったり)だ。


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