俺の見つけた宝物



 スラムを後にした俺は、一旦事務所に戻ることにした。
 昨日の打ち合わせで銃をサカタに修理に出すことに決めたんだが、店が開くまで時間があるからだ。
 しかし、廃ビルに張り込まないでよかった。よく考えたら、張り込んだらなかなか出て来れないもんな。予定にないことをしようとするもんじゃないね。止めてくれたチャーリーに感謝だ。
 事務所に戻ると、修理に出す銃である44マグにつけた発信機の具合を確かめる。こいつは、数分間隔で信号を発信するため、普通の探知機では分からないのだ。まあ、偶然受信するかもしれないが続けて受信できないため、確認できないというわけだ。
 この発信機、別に今回のためにつけたわけじゃない。常につけてある。なぜなら、これは俺にとってとても大事な銃で、なくすわけにはいかないからだ。
 今日預けたら、しばしの別れとなる。俺はこいつの代わりにスペアのストッパーを脇のホルスターにさげてみたが、どうもしっくりこない。まあ、しょうがない。こいつがサカタで整備が上がるまでに、ドンパチがないことを祈るだけ、だ。
 そう思ったところに、バディの桜が現れた。
「‘例の直通回線’より、映像接続の呼出です。接続いたしますか?」
 例の直通回線っていうのは、ようは片瀬コーポレーションの副社長との専用回線だ。所長がアドレス帳にそういう風に登録したのだ。
「OK。接続してくれ」
 桜が会釈して消えると、入れ替わりに姉さんが3Dモニタに映し出された。
「あら、明。あの人はいないの?」
「張り込み中。聞いてないの?」
 俺の反問に、姉さんは「そうだったわね」と笑ったが、どうも違和感が。
「お前、龍子だろ。よくも俺のことを呼び捨ててくれたな」
「あ、やっぱバレちゃった? さすがおにーちゃん」
 急に雰囲気が幼くなる。龍子は俺の双子の妹だ。今は姉さんの影武者として、姉さんのバックアップをしている。元々姉さんによく似ていた龍子は、今では姉さんの生き写しと思えるぐらいに似せることができるようになっている。だが、本来の龍子は、重厚でお堅い雰囲気の姉さんとは違って、明るく軽い雰囲気の子だ。
 龍子も商才に長けている。それは姉さんが安心できるレベルなのだ。所長とのプライベートを大事にしている姉さんは、龍子が代わりに仕事をしてくれるから、ずいぶん助かっていると言っていた。
「あのな、俺に分からないわけがないだろ? お前とは、母さんの腹の中からの付き合いだぞ?」
「そうでした」
 龍子はペロッと舌を出す。俺は苦笑すると、
「で? どれぐらい姉さんに似ているか、俺と所長を試しにきたわけじゃないんだろ? 心配しなくたって、見分けられるのは俺と所長とアイツだけだよ」
「お父さんのことをアイツって・・・」
 龍子が小声で非難がましいことを言うが、俺は視線で黙らせる。
「・・・はいはい。そーいうところはお父さんにそっくりなんだから」
「やめろって、俺を怒らせたいのか?」
 龍子は俺のことをじっと見てため息をついたが、俺も似たような気持ちだ。俺はどうしたってアイツとは相容れないのだ。俺は幼少の頃の仕打ちを忘れてはいないし、それに今は自分の生き方を得た。アイツは俺に会社を継がせる夢を捨ててない。永遠に平行線だ。少なくとも、俺が会社を継ぐことは有り得ない。折れるのは俺じゃなくて、アイツの方なのだ。
「ごめんなさい。本題に入るね? あのね、姉さんが優さんから調べ物を頼まれてたの。で、調べた結果なんだけど」
 ほう、所長、姉さんを頼ったんだ、珍しい。
「この手のことで所長が姉さんを頼るなんて珍しいな。どんな内容なんだ?」
「こればっかりは、優さんでも姉さんを頼るしかないと思うわ。あのね、そのサカタってお店で、うちの商品扱ってたって聞いた?」
「いや、聞いてない」
「何だかなぁ〜、ちゃんと情報交換してるの?」
 苦笑して俺が続きを促すと、龍子は手にしたペンで頭を掻きつつ話を続けた。
「えーっとね、うちの商品を扱うのには、販売者登録しなくちゃいけないのぐらいは覚えてる? ブランドイメージを落としたりしないために、登録した系列の店舗以外には卸していないのよ」
 あのな、俺にはそういうの向いてないんだって。俺が黙っていると、龍子は先を続ける。
「でね、新品だけでなく、中古の販売とか流通にも一応ある程度は目を光らせていて、なるべく安値で市場に出回らないように気をつけてるのよ。だけど、販売者登録するのに、うちは結構審査キツイわけ。だから、闇ルートとかで入手して売ってる業者とかもいて、困ったりもしてるのよね。WEBでオークションにかけられたりとかさ」
 こういう話は聞いてるだけでイヤだ。まったく、俺には経営とか商売ってのが向いてないよ。俺はため息をつくと、龍子の口上を遮った。
「で? 結局何が分かったんだ? 何か分かったから連絡してきたんだろ?」
「そうでした」
 龍子は舌を出すと、
「サカタはうちに登録してなかったのよ。ってことは、中古とはいえ無認可で売りさばいてるってこと。数点だったら偶然買い取りして売る可能性もあるけど、優さんが言うにはかなりの量があったって。うちの商品を大量に捌いているのはオリハルコンっていうブローカー組織しか分かっていないわ。こっちでも以前から問題になってたんだけど、どうもシッポが掴みきれなくて」
「なるほど。で、そいつらがどの辺で活動してたかとか分かるか?」
「あ、待ってね。ほとんど情報ないんだけど、一応うちでおさえてた情報送るから」
 龍子が送ってくれたデータを俺は開いてみる。確かに、組織の概要や規模などはほとんど分かっていないようだ。だが、その組織から仕入れているらしい店の一覧があった。
「桜、N◎VAのマップに、この一覧の店の場所をポイントしてくれ」
「わかりました」
 2Dモニタ上に映し出されたN◎VAのマップに、次々と光点が現れていく。
 やっぱりな。スラムではサカタがあった辺りと、そこから今のサカタの辺りを結ぶ主要道路沿いの店が多い。つまりは、そういう流通ルートを持っているってわけだ。売ってはいないが買い取りをやっている店もあるみたいで、中流層の住宅街にまでその光点は延びていた。
「なるほど。これはかなり役立つかもな。ありがとう、参考になった」
「どういたしまして」
 龍子はにっこりと笑う。
「おにーちゃん、お礼ついでに考えて欲しいんだけど、やっぱり家に帰ってこない? 住まなくてもいいの。一回家に来てほしい」
「わりぃけど、龍子、それは無理だ。喧嘩するの分かってて、理解されないの分かってて、アイツのいるトコには行けないし、かといってアイツがいない家に行くのも卑怯な気がしてイヤだ。俺は家を出るときに、もう敷居は跨がないって決めたんだ」
「そう・・・でも、お父さんもおにーちゃん出てってから、随分変わったんだよ? でも、頑固だからホントは謝りたいのに、会いたいのに、意地張ってるだけなんだよ」
 俯いている龍子に、俺は笑いかけてやる。
「俺は、アイツから来るまで会わないよ。その意地ってのがなくなって、それでも俺に会いたいって思うまではね。俺から会いに行ったら、結局その頑固さは治らないだろ?」
「おにーちゃんも、結局頑固なだけなんだから・・・」
「そうなるだけのこと、俺がされてきたのは、龍子が一番知ってるんじゃないのか?」
 俺の幼少時代は、思い出したくもない記憶だけが残っている。
 確かに、企業アーコロジービルで、生きるのに困ることは全くなかった。スラムや低層の生活を送っている人間からしたら、どんなにか羨ましいと思われるかもしれない。
 でも、俺は監禁されていたのだ、贅沢な檻に。
 自分で考えて何かするなんていうことは、全く許されていなかった。俺は豪華だが子供の興味をひくものが何もない部屋で、常に教師に監督され経営学を学ばされたのだ。
 アイツは俺を時期社長にするつもりだったから、その徹底っぷりは凄かった。俺に自由な時間は1日に1時間だけ。その時だけ、姉さんと龍子と遊ぶことができた。それ以外の時間は部屋から出ることを許されなかった。
 それでも、俺にはホントに経営の才能が無かったんだろう。アイツは「このできそこないが、ホントに俺の子か!」と何度も何度も俺のことを殴りやがった。
 それは、姉さんが止めてくれなければ殺されるかと思うほどで・・・それからだ、俺はこの檻から出たいと、外の世界を見たいと思うようになったのは。殺されないために、殴られても大丈夫なように体を鍛えるようになったのは。
 俺が物思いに耽っていると、龍子が心配そうにこっちを見ていた。
「ごめんね、おにーちゃん。無理言って。こうして話せるだけでも、おにーちゃんがいなかった時期に比べれば、ホントに嬉しいもの」
「姉さんにもよろしく言ってくれよ。また今度、どっかで飯でも食おうぜ」
「うん、それじゃあね」
 3Dモニタから龍子の姿が消える。俺は自分の首の後ろのスロットからデータチップを抜き出すとDAKに差込み、龍子が送ってきたデータを格納する。
「桜、所長とチャーリーのIANUSにもこのデータを送ってくれ」
 俺の指示に、3Dモニタに現れた桜は頷く。
 桜がデータ転送を行っている間、俺は物思いに耽っていた。龍子との会話が、俺に昔のことを思い出させたのだ。
 そしてそれは、俺にとっては「昔のことだ」と笑い飛ばすには、まだ鮮明すぎる記憶だった。


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