俺の見つけた宝物



CHAPTER2:事情を知らなくちゃ暴れられないってね

 朝の7時。
 俺は、サカタの脇の路地からちょっと奥に入ったところで、チャーリーと並んで立っている。
 所長は駐車ビルで張り込み中。基本的に「殴り合い」には不向きな所長なんだが、「尾行、張り込みは専売特許だ」と、自信満々に言うので任せてみた。
 って、俺が言うことでもないか。俺の方が部下なんだからな。
「さ、俺たちも行くか?」
 サカタの裏の廃ビルへと俺が足を進めようとすると、チャーリーが俺の肩に手を置いて引き止める。
「何だよ?」
 振り返る俺に、チャーリーは無言で首を横に振った。
「アキラ、俺が行く」
「俺は?」
「お前はやめた方がいい。気配が断てないのは知ってる」
「そんなことないだろ?」
 俺の反問に、チャーリーは黙って首を振った。
「お前は、根っからのカブトだ。護衛は一流だが、暗殺や潜入には向いてない。殺気がありすぎる」
「お前が言うんなら、そーなんだろうな・・・ま、確かに俺は隠れてるのを見つける側だからな」
 でも、それじゃ、俺のやることがなくなっちまうんだよな・・・
「敵が来てからでは遅い」
 チャーリーの言葉に、俺は頷く。それは確かにそうだ。さっき、俺が確認したところ、今のところは廃ビルに気配はない。しかし、サカタが開店になる10時頃には、きっとやってくるに違いない。その時に、廃ビルに忍び込んでるヤツがいたら・・・
 ま、普通はただじゃすまないよな。当然返り討ちにする自信はあるが、今はまだその時機じゃないってのは、俺にだって分かってるのだ。
 今は、調査の段階だ。背後にいる組織の規模を調べるのが目的だ。どれぐらいの腕のヤツが何人ぐらい来ているのか、それが分かれば、おのずと背後の組織のでかさが見えてくるってもんだ。
「分かった、俺は10時まで、違うことをしてるよ」
 チャーリーにダメ出しされた俺は、チャーリーが影化して廃ビルに入っていくのを確認すると、路地を後にした。
 しかし、3時間も何をやってりゃいーんだっての。今回はここまで歩いてきたから、一度事務所にバイクを取りに戻るか。まあ、サカタ周辺の聞き込みはやらない方が無難だろう。連日じゃさらに怪しまれるだろうし、昨日以上の情報が聞けるとも思えないしな。
 俺は、足がなきゃ何もできない、という結論に達し、事務所に戻ることにした。

 ガレージで愛車――白いステッペンウルフに跨ると、俺はWINDSから延びたコードを首の後ろのジャックに有線する。有線したことで、普段はカウルに表示しているバディが俺の視覚に直接表示される。
 WINDSのバディは「風に銀の体毛をなびかせている狼」というのがデフォルトなんだが、俺は「三尾の白狼」という姿にしている。名前はシーンだ。
「よう、気分はどうだい?」
 軽く水素タンクを叩きながら訊ねると、俺の聴覚に返答があった。
(気分は上々。腹もいっぱいだ、おかげさまでな)
 どうやら計器類や足回りは万全らしい。ガスもこないだ入れたばっかりだしな。
(で、出かけるんだろ? どこに行くんだ?)
「ああ、ちょっとスラムまでな」
(ふむ、マップを出すか?)
「俺には庭みたいなもんだぜ? 必要ない」
(了解)
 シーンが答えるや否や、エンジンがうなりをあげる。心地よい振動が俺に伝わってきて、自然と顔が綻ぶ。やっぱ、バイクっつーのはいいもんだよな。
「ビリー、データ検索。サカタのスラム時代の店の場所を表示」
(OK)
 俺の思考トリガーに答えて、シーンの代わりにビリーが現れる。それと同時に、視野の左に現れたモニターにマップと輝点が表示される。
 んー、確かに俺のあまり知らない場所だ。俺が根城にしていた場所よりも東の方だった。
「庭っつーには、ちぃと離れてるかもな」
 俺は苦笑すると、その地図を縮小して視野の左隅に表示するようにビリーに命じる。また、シーンには現在位置を赤い輝点でその地図上に表示するように命じる。
(地図の表示は北を上方固定にするか? それとも進行方向を上方にするか?)
 シーンが再度現れる。俺は「北」と答えておいた。あんまり地図がぐるぐる回るのは好きじゃない。っつーか、地図見ながら走るなんて滅多にしないからな。確認のためにちらっと見るぐらいでいい。
 俺はアクセルを握ると、ガレージを出た。顔に当たる風が気持ちいい。朝の涼気を帯びた風が、意識をはっきりさせてくれるようだった。

 数分でストリート――スラムに着く。まあ、朝の下り斜線。しかも大幅に法定速度を逸脱っていう条件付きじゃないと、数分ではつかないけど。
 ストリートの東側は、俺にとっては未知の領域って言ってもいい。大体、ストリートはごちゃごちゃしていて、そこに根をおろしていないとどこに何があるかなんて分からない。一応番地はふってあるが、番地通りに建物がたっちゃいないってのが実情なんだな。道もいりこんでいて分かりにくい。だからこそ、極めちまえばホームとしては申し分ない、ってところなんだな。
 知らない場所とはいえ、俺も5年近くストリートで暮らした人間だ。勘である程度は何とかなる。比較的大通り――とはいえ、2車線やっとの道だが――を流して、端末を探す。
 あ、端末ってのは<公衆DAK>のことじゃない。まあ、普通は端末って言えば公衆DAKのことなんだけど、ストリートでは端末ってのはニューロの使っているドロイドのことだ。
 ニューロって連中は、WEB上を本拠地とする。実際の自分の身体ってのはどっかのアパートかなんかに置いてあって、生命維持装置の中・・・なんてこともあるそうだ。連中は、とにかくWEBを基本としている。そして、外界との接触には自分の身体なんてものは使わない。大抵はそこいらの施設のものを使う。たとえば、ビルの一部に入り込んでスピーカで声を流したり、とかだな。
 だけどまあ、他人が管理しているものを乗っ取るにはリスクが生じる。当たり前だな。
 だから、情報屋をやってるようなニューロは、自分専用のドロイド――機械人形を使うってわけ。
 たった半年ストリートから離れただけとはいえ、一度抜け出すともう二度と戻りたくはない。俺はまず、嗅覚からそれを実感した。
 ストリートは、とにかく臭い。ましなとこもあるけど、基本的に腐ったようなすえた匂いってやつがする。道端にはゴミと汚物。そして、小汚い浮浪者。たまには死体だって転がっている。それがストリートだ。
 住宅街に住んでるヤツは、絶対にストリートなんかには足を運ぼうとしないだろう。俺も、家出をやめて帰ろうかと思ったもんだ。
 バイクで数分流したところで、俺は目当ての人間を探し出した。
 大体が、この時間にストリートに人がいる方が珍しい。ストリートは基本的に夜行性である。だから、この朝7時前後ってやつはみんなが眠りに就く時間なんだな。もしくは、遅くまでねばっちまった奴らが急いで棺に戻る時間だ。だからこそ、ここでは人目につきたくない連中はこの時間を利用する。まあ、俺の場合は「図らずも」ってヤツだけどな。俺的には賑やかな時間帯に使いたかった。正直な話、俺は今夜にやろうと思っていたことを、今やろうとしてるってわけ。
 ただ、情報屋を使う時に気をつけなくてはならないのは、誰がどの情報を仕入れたか、ってことも情報になるってことだ。馴染みの情報屋だって売るときは売る。それを覚悟していないと、情報屋を使うのはお勧めできない。
 俺はバイクを止めると、膝を抱えてピクリとも動かない男に声をかける。
「よぅ。景気はどうだい?」
 俺の声に、正に「スイッチが入った」ように、男は顔を上げた。
「いまいちだな」
 眠たいような男の声である。顔も眠たいような表情をしている。最近のドロイドってヤツは本当に精巧にできている。人間と代わらない――いや、人間以上に人間らしかったりするのだ。特に、バディではなくニューロが操ってるヤツは。
「この辺にサカタって店があるって聞いてきたんだが、見当たらないんだよね。知ってるかい?」
「住宅街に移ったのさ。この辺のヤツはみんな知ってる? お前、よそ者だね」
「まぁな、俺はもっと西の方がベースだからよ。まいったな、かなり安いって聞いてきたんだけどな」
「まあ、評判だったね」
「で、どうして移ったんだ? 銃器の中古とか補修やってたんだろ? 住宅街よりもこっちのが儲かりそうなもんだけどな」
 俺の問いに、ドロイドは薄く笑う。
「それは、ただで教えるわけにはいかないね」
 へーへー、分かってますって。俺は、懐からクレッドカードを取り出すと、ドロイドに放る。
 クレッドカードってのは、口座からキャッシュをチャージするカードである。カードの色によってチャージできる限度額が決まっている。俺が放ったのは通称「カッパー」って呼ばれてるカードだ。限度額は1万円。
 ドロイドは、受け取ったカードを読み取ってから俺にカードを返す。液晶の残額を見て俺は苦笑する。しっかりと1万全部抜いていきやがった。
 ドロイドは満足したような笑いを浮かべると、口を開いた。 「儲かってたからみたいだね」
 おいおい、ざーけんなって。1万とってそれか? 俺が詰め寄ろうとするのを察してか、ドロイドは一歩退いてからおどけてみせる。
「話は最後まで聞きなって。儲かってたのは表じゃなくて裏の方でね。この辺りは火炎蝶舞ってゾクがたむろってたんだけど、そいつら深夜にしょっちゅうサカタに行ってたんだよね」
 ゾクってそんなに中古の銃器やらを必要とはしないよな? 確か、サカタはヴィークルの方は扱ってなかったはず・・・俺は知らない振りして更に聞き出すことにした。
「よくわからないな。何が問題なんだ? 修理かなにかを頼みにいったんじゃないのか?」
「話は最後まで聞けって。焦るレッガーはアガリが少ないぜ? サカタはヴィークルは扱ってない。しかも、夜9時には店を閉める。だが、ゾクの連中が店のあたりにたむろするのは深夜だ。コレは普通、何かあるって思うだろ?」
 ふーむ、なるほど。ゾクは修理以外の件でサカタに用があったって訳だな。
「だから? 俺には関係ないし、それに、もし何かあるんだったら、そんなネタ拾ったらこっちの身がやばくなるな」
「俺がアンタをチクるって? そんなことしないって」
「どうだか。俺、前にそれで痛い目見てるんだ。余計なトラブルに頭をツッコムのはバカかフェイトのすることだろ」
「アンタのこと知らないのに、チクりようがないだろ? 安心しなって」
 良かった良かった。俺の顔はこの界隈じゃ知られてないようだ。俺は根城にしていたここより西ではそこそこ有名だったからな。
 いや、待てよ。俺、鉄壁として顔と名を売るのが目標じゃないか。喜んでいいのか?
 胸の中で苦笑しつつも、俺は納得した顔を作ってみせる。 「そりゃーそうだな。で? 何があるんだ?」
 俺の言葉に、ドロイドは満面の笑みを浮かべると、指でわっかを作ってみせる。
「それじゃあ、もう少し頂かないと」
「しょーがねーなぁ」
 俺はチャージ済のカッパーをもう1枚放る。なかなか商売上手な野郎だよ。
「毎度」
 ドロイドは当然のように残額を空にして、
「火炎蝶舞はキメて走るので有名な連中でね。ところが、アレだけのドラッグをどこから入手してるかが不透明でね。まあ、あからさまにヤクを卸しているような組織もなかったわけ。それでまあ、サカタが怪しいと一部の連中は思ってたワケだ。で、サカタが住宅街に移動したら、火炎蝶舞まで住宅街に行くようになった、と。これは何かあると思うだろ?」
「まあ、そーだが。ってことは、サカタって店はヤバイ店なのか? 行くのどうしよっかな・・・」
「ところがだ、その噂を聞きつけてヤクを売ってくれと頼んだヤツもいたようだが、サカタは売ってないと言ったらしい。実際にサカタからヤクを買ったヤツは今のトコいない。ただ、火炎蝶舞との関連は怪しい。まあ、そんなとこだ。修理の腕はいいらしいから、行くだけ行ってみれば」
 ふむ、ってーことは、火炎蝶舞専用のヤクの売店ってことか?
「で、場所どこなんだよ?」
 俺の問いに、ドロイドは忘れてたというように笑うと、住所を教えてくれた。その住所は、例のサカタの店と一致した。
「ありがとよ」
 俺はアクセルをふかし、ステッペンウルフをスピンターンさせる。帰ろうとしたら、後ろから声をかけられた。
「あれ、あんた、“白い愚風”かぁ。その白いステッペンウルフは有名だよ。この街で一番無謀な走りをするってね」
 何てこった、“鉄壁”よりも“白い愚風”の方が有名とは。
 アイツ、俺のこと知ってるんじゃないか。
 でもまあ、“白い愚風”がマツダ探偵事務所にいることまでは知らないだろ。所長には迷惑はかからないだろうし。それに、来たら返り討ちにするだけさ。


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