俺の見つけた宝物



4


 部屋に入ると、俺は荷物を床に無造作に放り出す。それから、肩に下げているホルスターから愛用している44マグを抜くと、作業机の上に大事に乗せる。
 俺の44マグは使い古されている。銃身の部分に「A.K.」とイニシャルが刻まれているが、これは俺のイニシャルって訳じゃない。まあ、俺のイニシャルも偶然同じなんだけど。
 この銃の俺の前の持ち主のイニシャルだ。名前は「如月 麻美」という。俺の師匠だ。
 俺は、<鉄壁>の異名とともに、この銃も師匠から引き継いだ。それが師匠の遺言だったし。
 俺は作業机で44マグを解体(バラ)していく。1つ1つの部品を、いつもきちんと整備している。いざという時に、この作業を行っておけば、銃は絶対に自分を裏切らないからだ。これも師匠に耳タコに言われたことだ。今でも、その時の師匠の顔と声が脳裏に浮かぶ。
 俺はバレルの中をしげしげと見つめる。まだ交換するほど熱だれしてるわけじゃない。でもまあ、他の部品をわざわざ壊してまで修理に出すのは、俺にはどうしてもできなかった。
 この銃は、俺の相棒でもあるし、何よりもこのグリップを握ると、師匠が横にいてくれるような気がするからだ。師匠は最初はこの銃に俺が触ろうものなら、烈火の如く怒ったものだった。
 それでも、俺がいっぱしになると、今度は俺にこの銃の整備をさせてくれるようになった。それが信頼の証だった。戦場で自分の命を託す武器の整備を俺に任せたのだ。俺はその時に胸を熱くしたのを覚えている。そして、自分の大事な人の命を護るものだという認識は、整備から手を抜くことを許さなかった。それこそが、師匠の狙いだったのかもしれない。
 俺はバラした44マグを組み立てなおすと、部屋を出てマンションの地階へと移動する。
 このマンションに部屋を買ったとき、俺は地階も買い取って射撃場に改装した。訓練をする時、むしゃくしゃして銃を撃ちたい時、俺は地階にこもるのだ。
「パット、オープンセサミ」
 俺は、地階のドアの横にあるプレートに手を乗せると、DAKのバディに声をかける。
 ここのDAKは上の部屋とLANでつながっている。つまりは同じDAK、同じバディってわけ。俺はDAKのバディを金髪の青年に変えている。名前はパット。砕けた口調で喋るナイス・ガイだ。
 プレートで俺の指紋を読み取り、喋りかけた声で俺の声紋を読み取ったパットが、確かに俺が来たと認識する。
「よう、明。またぶっぱなしに来たのかい?」
「そういうこと」
 アンロックされたドアを開けると、俺は真っ暗な室内に踏み入る。
「パット、ライトアップ。それに、ターゲットスタート」
「ラジャー」
 部屋の照明がいっせいに瞬き、黒字に白で人型が描かれたターゲットが、シューティングルームに吊り下げられる。
 俺はクイックローダーを10個ほど、シューティングラインの脇の机にばら撒くと、イアーウィスパーをして、ターゲットに狙いをつける。
 6発撃つと、廃莢しクイックローダーでリロードする。
 それを数回繰り返すと、俺は44マグを置いて、ターゲットに歩み寄る。
「15秒で60発。命中数60。致命ポイントへの命中47。まあまあだな」
 ターゲットを眺める俺に、パットが今のシューティングの結果を伝えてくる。
 俺はうなずきながら、訓練用のバレットで穴だらけになったターゲットを眺める。基本的に大体狙い通りにいっているようだ。だが、若干狙いより左にずれているようだ。確かに長い間使ってきた。整備もきちんとやっている。でも、俺は整備のプロではない。それが蓄積されてきてるのかもしれない。
「やっぱり、これはプロに見てもらわなくちゃ、ってことかな」
 俺は44マグを手に取ると、地階を後にした。

 部屋に戻ると、俺は愛用の44マグと、スペアとして使っているコルト・ガバメントのレプリカであるストッパーと呼ばれるハンドガンを見比べていた。
 師匠から受け継いで以来、常に携帯してきた44マグである。正直、手放すのは非常に不安だ。だけど・・・俺は店で見た中古の銃を思い出した。
 中古なのに、新品を更にチューンアップしたかのような銃。あれは紛れもなくプロの仕事だ。俺はこれをいい機会と思うことにした。
 明日、44マグを調整に出してみよう。他人の手に委ねることに師匠は眉をひそめるかもしれない。それとも、許してくれるだろうか?
 しょうがないなぁという顔をした師匠の顔を思い出して、俺は胸が痛むのを感じた。過去のことにするには、まだ時間がかかるのだろうか。2年前、俺の腕の中で銃と鉄壁の名を残して息絶えたあの人は、俺にとって何者にも代えられない人だった。
 師匠であり、母であり、姉であり、恋人であった人。
 そして、今の俺を作ってくれた人。
 もう、二度と会えない。
 仇をとろうと2年間スラムで戦ってきたが、果たせなかった俺を、師匠はどう思っているだろう。仇をとってほしいとは一言も言わなかった師匠。師匠はただ、助けを必要としている人を護れとしか言わなかった。その一言があったからこそ、俺は所長の誘いに乗った。
 チャーリーは親の仇を討つことをまだ諦めてはいないと思う。それでも、俺の誘いに応じてくれた。みんなが俺を助けてくれる。俺はそれに応えたい。
 鉄壁という名を貶めないために。そして、鉄壁という名が残っている限り、師匠は永遠だと、俺は信じている。


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