俺の見つけた宝物



3

 俺が駐車してあったバンの運転席に乗り込むと、すでに所長とチャーリーが乗り込んでいた。
「遅れてない・・・よね?」
「ああ、時間通りだ」
 俺の問いに所長が答えた。俺は苦笑しつつシートに腰を落とすと、エンジンを起動する。すぐに水素エンジンの心地よい振動が伝わってくる。俺はハンドルを握ると、バンを駐車ビルから滑り出させた。
「で、そっちの方はどんな按配でした?」
 事務所に車を向かわせながら俺が訊ねると、所長は手をぱたぱたと振って、
「事務所についてからな。数分で話せるような内容でもないし」
 確かに。ここから事務所まで、車だったら数分で着いちゃうもんな。
「りょーかいっ。じゃ、とっとと事務所に戻りますかね」
 俺は、アクセルペダルを底まで踏み込んだ。おいおい、と所長が何か言ってるけど、無視。法定速度を大幅に逸脱して、行きの半分の時間で事務所に到着した。

「・・・・というわけですよ」
 事務所に戻った俺たちは、コーヒーなんか飲みつつ、お互いの成果を報告しあった。まずは、俺が自分の聞き出した情報、つまり修理を行っているのが、娘のメグミであるらしいことを報告した。
「ふむ。それで、修理品の値が破格なことの説明はできたってわけだな」
 所長が頷く。
「で、所長の方はどうだったんですか」
「俺か? 俺の方はな、お前と別れた後・・・」
 所長の話は次のようなことだった。

 所長は、俺と別れた後、ブラックハウンドの隊員のことについて聞こうと考えた。店のことは俺が聞くと思ったらしい。周りの店で情報を仕入れてくることまで読まれてしまった。ま、向かった先がそうだからしょーがないか。
「同じ情報を仕入れてもしょうがないだろ?」とは、所長の弁。
 で、所長はIANUSを起動して、データカードを検索する。
 所長はIANUSに命じて、ブラックハウンドの隊員の死因と、その発見場所を表示させる。普通なら、隊員の死亡についてのデータなんかは秘密にするだろう。だけど、所長が“ホットドッグ”に与えている信頼感は、そういう保守義務を上回るものだ。それだけではない。もしかしたら、仇を取ってくれ、ぐらい思ってるかもしれない。
 さすがに隊員の名前は伏せられていたが、情報はちゃんと入っていた。
 隊員Aは、数人に囲まれて滅多刺しにされて殺されたようだ。あらゆる角度からの刺し傷があったという。そして、ブラックハウンドの分署の前に捨てられていたらしい。
 隊員Bは、背後から一突きで殺された。発見場所は“サカタ”から徒歩で数分の場所にある“エルウェイ”というアパートの前らしい。
 隊員Cは、口径7.62ライフル弾による頭部被弾。発見場所は“サカタ”の前の通りである環状8号線。
 この情報を見て、所長は次のように推理した。
 まず、隊員A。これは、おそらく殺された後に運ばれたに違いない。いくら何でも、ブラックハウンドの分署の前で隊員を刺し殺すことはできないはずだ。隊員Cは、狙撃されたに違いない。問題は隊員Bだ。この情報だけじゃよく分からない。そのアパートの前で殺されたのか、それとも別の場所で殺して運んだのだろうか。
 所長は、今度はIANUSに命じて、死亡した隊員のヴィークル――乗り物の発見場所を検索する。
 隊員Aのヴィークルは発見されず。つまり、どこかで殺され、ブラックハウンドへの挑戦と警告として、分署前に死体だけを置いていったのだろう。力のある組織がよく使う手だ。
 隊員Cのヴィークルは和光のステッペンウルフ改で、発見場所は環状8号線。大破して死体と共に発見された。まあ、これは走行中に狙撃されたということで、問題なし。
 で、問題の隊員Bのヴィークルは和光のシェパードっていうパトカー。これは“サカタ”の向かいの駐車ビルの4階で発見された。これは、どういうことだろうか? ヴィークルを駐車ビルに置いて、調査中に殺されたのだろうか。いや、いくら凄腕のカゲでも、ブラックハウンドの隊員を、スラムでならともかく、住宅街の真ん中で後ろから一突きで倒すことはできないはずだ。やはり、遺体を運んだのだろう。では、なぜ? 遺体を運ぶ理由はいくつかある。遺体の遺棄や、事故に見せかけるため、隊員Aの場合のように警告や挑戦で行う場合もあるだろう。しかし、これらは隊員Bにはあてはまらない。遺体を運ぶ最大の理由は、殺害場所を隠すためだろう。
「じゃあ、一体どこで殺されたってんですか?」
 俺は所長に訊ねる。
 所長は、それにうなずきながら、「俺がブラックハウンドの隊員を暗殺するとしたら、遠くから暗殺するだろう」と述べた。確かに、隊員Cはその手でやられている。
 そして所長は言葉を続ける。
「しかし、隊員Bのように強化ガラスを装備したパトカーに乗っていたなら、どうする?」
 俺は少し考えて、すぐに答えに思い至った。
「IC.駐車ビルか」
「そうだ。それも、車に乗り込む時を狙うのが一番効果的だ。駐車ビルなら隠れるところはいくらだってあるし、車に乗り込む時には、どうしたって背が無防備になる瞬間がある。その瞬間を狙えば、気付いて振り返った時には、すでに心臓に刃が突き立っているだろう。少しぐらい声をあげられても、完全防音のビルの中だ。誰も気付きはしない」
「じゃあ、どうして遺体を運ぶんですかね?」
 俺の問いに、チャーリーがぼそっと答えを返す。
「次のため」
 ・・・あいかわらず言葉が少ない。まあ、だが、いいたいことは分かる。所長も頷くと、補足を始めた。
「そうだ。もし、そこで殺されたことが分かれば、誰だって警戒する。次に来るやつも片付けないといけないからな。で、だ。俺は、この推理が正しいか、裏を取ってきたってわけ」
 それで所長は、隊員Bの第一発見者の名前と住所を調べて、話を聞きに行くことにしたらしい。
 と、その前に、所長はIANUSの無線回線を使って、チャーリーにコネクトする。ま、早い話が無線電話だね。ただ、IANUSに枝がつくので、普通は無線回線いれないし、いれたとしてもコネクトする周波数は、絶対に信用できる人間にしか教えないけど。
 それと、IANUSは生体神経情報とトロン・データの変換ができる。つまり、自分が見聞きした映像や音を、0と1の羅列として保存できるってわけ。その変換も、ま、専用のチューナーを入れれば絞り込めたり、雑音をカットしたりできる。便利だろ?
 ま、とにかく、所長はチャーリーとコネクトした。
「何の用ですか?」
 チャーリーが訥々と尋ねる。所長はそれに答えて、
「お前、これから影化するつもりだろ? そうすると、俺にもお前の場所はつかめないからな。この回線をつなぎっぱなしにしておいてくれ。俺の得た情報は送るから、お前の方も、何かあったら俺に知らせろ」
「了解」
 相変わらず必要なことしか喋らずに、チャーリーは会話を打ち切る。所長も、口数の少ない男だ、と苦笑する。その後ろで、チャーリーは建物の影に身を潜め、完全に影に溶け込んでしまった。気配も完全に断たれており、もはや所長にもどこにいるかは分からない。凄いヤツだと、所長も舌を巻く。
 所長は、これで後ろの周りは万全と、第一発見者である、田中真美子の家へと向かった。

 そこで所長が得た情報は、まあ予想通りのものだったらしい。田中真美子は、隊員Bが倒れていた道の前のアパート“エルウェイ”の住人で20代半ばの独身女性で、なかなかの美人らしい。
 所長は雑誌関係のトーキー――報道従事者――に扮装して話を聞きに行った。まあ、変装の常套手段だな。それで、田中真美子は所長の顔を見て頬を染め、質問に真剣に答えた。
 所長曰く「こういう女性相手の聞き込みの時は、二枚目が得をするのさ」
「そんなこと言っていいんですか? 相手、美人だったんでしょ?」
 にやにや笑って俺が言うと、所長は慌てた様子もなく、
「どう贔屓目なしに見たって、流子の方が数段美人だし、浮気する気もない。問題ないだろ?」
 ああ、そうですか。ごちそうさまってんだ。
 それで、所長が得た情報をまとめると、次のようなことだった。
 その日、田中真美子は部屋で本を読んでいた。つきあっていた男性と喧嘩して、遊びに行く約束が反故になったのだそうだ。夕方5時ごろ、番犬にしているシェパードのジョンが急に吠え出した。何かと思って外に注意を向けると、ドサッという音とバイクの走り去る音が聞こえた。妙に気になったので外に出てみると、男がうつぶせに倒れていた。背中が血まみれになっていて、抱き起こすともう死んでいて冷たくなっていた。胸の金バッジを見て、ブラックハウンドの隊員だと気付き、慌てた通報したということだ。
 所長は、彼女の言葉にいくつか疑問を感じ、質問を投げかけた。
「死体が冷たくなってたんだって? どうしてだか分かる?」
「脈をとったら、冷たかったのよ。気持ち悪かったわ。死体に触ったのって初めてだったんだもの。しばらくお肉食べれなかったわ」
 田中真美子は身震いをして答える。所長はそれに苦笑しつつ、答えになっていないので、更に質問を重ねる。
「えーっと、私が聞きたいのは」
「ああ、冷たかったのは、多分、雨が降ってたからよ。朝から寒い日だったし。それに、死んでるんだもの、冷たいの当たり前でしょ?」
「ふーん、なるほどねぇ」
 所長は相槌をしつつ、次の質問をする。
「そうだ。争っている音は聞こえなかったのかい?」
「ジョンがずーっと吠えてたし。それに、争った形跡もなかったわよ。背中から一突きだったんじゃないかしら」
「なるほど。どうもありがとう。いい記事が書けそうですよ」
 所長は営業用の笑いを浮かべると、田中真美子の家を後にしようとする。が、そこに田中真美子が声をかける。
「あら、もうお帰り? 上がってお茶でも飲んでいかない?」
 誘うような仕草に、所長は苦笑する。しかし、何をナンパされてんだか。
「いや、あいにくと仕事がたてこんでますので、遠慮しておきます」
 所長は営業スマイルを崩さすに断る。しかし、田中真美子もなかなか引かない。
「それじゃぁ、コネクトアドレスだけでも教えてくださらない?」
 コネクトアドレスというのは、有線端末での自分のIDだ。音声でコネクトすれば電話だし、文書データを送信すればEメールになる。
「新婚なんで、若い女性には教えないことにしてるんですよ。妻がニューロなものでね」
 所長は肩を竦めてみせる。姉さんがニューロ――電脳屋――というのは嘘なんだが、まあ、それも方便か。何の罪悪感もなく盗聴やデータの改竄を行うニューロを引き合いに出せば、女の方も察してくれるというものだ。
 案の定、田中真美子の方も、「それじゃしょうがないか」という気分になったらしい。その隙に所長は礼を言うと、そそくさと逃げるように立ち去った。
「聞き込みしてる度に声をかけられんじゃ、二枚目なのも困りものですね」
「いや、まったく」
 俺の皮肉に、所長は深く頷く。そこで頷かれちゃうと、皮肉の意味がないんだけどな。
 まあ、何はともかく、彼女から得た情報は、明らかに遺体が運ばれたことを指し示していた。
 他にもこのアパートの住人に聞き込みをしてみたそうだが、とりたてて有益な情報は得られなかったようだ。チャーリーの方も収穫はなかったようだ。
 そこでタイムリミットが来て、所長は駐車ビルに戻ったということだ。

 で、やっぱり殺害場所は駐車ビルなんだろうか?
「駐車ビル・・・ですか。俺、あそこで怪しげな気配感じたんですよねー。やっぱ勘違いじゃなかったのかぁ」
「警戒されちまったかな?」
 俺の言葉に所長も表情を曇らせる。
「ま、大丈夫じゃないすかね。気付かないフリはしておいたし。それに、帰りには何も感じませんでしたしね」
「裏の廃ビルにもあった」
 チャーリーが口を挟む。また一言で終わり。スラムで俺と出会った頃は、言葉数は少なくても、それは内気なだけで、笑うこともあった。育ての親を失ったあの事件――俺も師匠を失った――の影響なのかな。それでも、仕事してる間はもう少し言葉が多かった。でもまあ、久しぶりの仕事で気分が昂ぶっているのは確かだな。俺にしか分からないだろうが、言葉の抑揚が微妙に違う。
「所長を狙っているヤツはいなかったんだろ?」
「ああ」
 俺の問いに、チャーリーは頷きながら返答する。ふふん、やっぱり高揚しているな。いつもならうなずくだけで声は出さないからな。でも、所長にはまだこの微妙な差は分からないだろうな。
「さて、今後の調査だが、お前たちは何をしたい?」
 所長が改まって聞いてくる。俺は修理をしている娘のことが気になっている。なんとか所在を割り出して会ってみたい。親のやってることを知っているのだろうか。そして、自分の役割に納得してるのだろうか?
「俺は、娘のメグミに会ってみたいんですけど。修理を頼んでみようかな、と」
「修理? それを、か?」
 所長は、俺の腰に下がっている銃を指差す。
「そうですよ。まあ、修理に出す必要なんてないし、他人に触らせるのはイヤなんですけどね。店に出せば、修理してる娘のところに運ばれるだろうから、それを追ってみますよ。まあ、教えてもらえたら、それにこしたことはないですけどね」
「なるほど。じゃあ、明はそっちを頼む。後は、ゾクがうろつきだしたとか言ってたな、そっちは」
「あ、そっちも俺があたってみますよ。カゼ――疾り屋、運び屋――の知り合いもいるんで」
 所長の言葉の最後を続けて、引き受ける。趣味っていうか、気晴らしが疾りなもんで、その手の知り合いもいる。
「奴か?」
 チャーリーが問い掛けてくる。俺は黙って頷いて返す。そう、“奴”だ。以前俺が根城にしていたスラムの一角から、アサクサ界隈、そして、この辺りまでを縄張りにしているゾク――レッドホットのリーダー。通称“奴”。俺の疾りを気に入ったらしいこの男は、俺の疾りに文句をつける癖に、並んで走る奇特な野郎だ。
「ふむ。それじゃあ、明にはそれも頼もう。ゾクがヤクを買っているかもしれないからな」
 かもしれない、っていうか、それ以外にないと思うけどね。了解。裏を取ってみますよ。
「1日、張り込む」
 チャーリーは相変わらずのぼそっとした口調だが、胸を叩いたりなんかして、相当やる気になっているらしい。
「俺のやることがなくなりそうだな」
 所長が頼もしそうな目でこちらを眺めながら呟く。やる気満々なのは当たり前ですよ、所長。仕事がしたくてしょうがなかったんだから。
 俺は、余計なことは言わずに立ち上がると、革ジャンをひっつかんで、肩に羽織る。
「おい、明」
「とりあえず俺は今日は上がりますよ。明朝は7時に現地に直行します」
「しょうがないな。それじゃあ、明日は7時から張り込みだ。寝過ごすなよ」
 所長の苦笑を背中に受けながら、俺は右手を挙げて挨拶すると、ノブを回す。
「明日派手に聞き込みすると、警戒されるでしょうね、多分」
「嬉しそうに言うんじゃない、困ったヤツだな」
 所長だって楽しそうじゃんか。俺は内心で笑いながら、事務所を出ると駐車場へと降りていく。
 久々の仕事だ。ようやっと退屈な生活から解放される。俺は身を包む高揚感に浸りながら、愛車の“ステッペン・ウルフ”にまたがると、夜闇の中、家路についた。
 途上、WINDS――ウィンズ。ヴィークルと人間とをつなぐインターフェイスであり、トロン――の無線を使って、コネクトする。相手は“奴”だ。フルネームは霧隠才蔵。まあ、これすらも本名かどうかは知らないけど。日本の古典文学に出てくる忍者に、そんな名前の奴がいた。まあ、出自はその辺りだろうから、偽名でなければ、親が相当かわりもんだったんだろう。
 俺は、奴のWINDSの無線を指定してコネクトする。今夜はいい天気だし、きっと走ってるだろ。
「やぁ、“白い愚風”じゃん。久しぶりだね。最近見かけなくてほっとしてたんだ。一緒に走るって誘いならお断りだよ」
 笑い声とともに、無線から“奴”の声が流れてくる。
 悪かったな、荒っぽい疾りでさ。だけど、こーやって憎まれ口叩くくせに、誘いを断られたことはない。それに、俺はお前にだけは言われたかないよ、俺よりよっぽど荒い運転するくせにさ。
「残念だが、疾りの誘いじゃない。実は聞きたいことがあってね。お前ら、斑鳩の西の住宅地辺りまで最近出張ってきてるか?」
「うんにゃ、行ってねぇ。その辺も俺たちの管轄っちゃ管轄だけど、住宅地は走っててもつまんないかんね、なるべくイヌどもと面倒起こしたかないし。でも、何で?」
「最近、その辺りにゾクがうろついてるんだと。お前らかな、って思ってさ」
「知らないなぁ。ねぇ、“白い愚風”。その話詳しく聞かせてくんない? シマ荒らされたとあっちゃ、黙ってはいられないんだ」
 声が真剣味を帯びる。“奴”にもリーダーとしてのメンツがあるからな。
「構わないぜ。だが、今無線でってわけにもいかんな。どこで枝がついてるか分からんし。それに、この後はちょっとやることがあってね。明日はどうだ?」
「明日はコンサートなんだ」
「何!? お前、まだバイオリンやってんのか?」
 驚いたことに、サイゾウはバイオリニストだったりする。
「まだ、ってこたないでしょーに。俺の名は、ゾクのリーダーとしてより、ミュージシャンとしての方が有名なんだぜ?」
 憤慨した声に、俺は苦笑を漏らす。まあ、確かにミュージシャンで充分通る雰囲気持った奴ではあるんだ、“奴”は。
「そうだったな。で、コンサートは昼なんだろ? じゃあ、夜はどうだ? 集会あるのか?」
「あ、夜だったら空いてるよん。コンサートの後は一人で流すことにしてんだ」
「じゃあ夜だ。俺も昼間は仕事だしな。20時に事務所まで来てくれ」
「事務所ってどこだよ。スラムは引き払ったんだろ?」
「住所は送る。いいな?」
「I I Ser.」
 サイゾウとのコネクトを切断すると、ちょうど俺の済んでいるボロアパートに到着。
 さて、家に帰ったら、サイゾウに事務所のアドレス送ってから、銃の手入れでもしましょうかね。明日修理に出さなくちゃいけないから。
 まあ、バレルの交換とかで済ます手もあるけど・・・・
 俺は、DAKに帰宅を告げると、家に転がり込んだ。


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