俺の見つけた宝物



2

 事務所から車で数分のところに“サカタ”はあった。三階建てのビルで、見た目はぼろいが客の入りは中々いいようだ。
 この辺りは、アサクサから住宅街に入ったところで、人通りも少ない場所ではない。いや、むしろ繁華街から帰途につく通りなので多いぐらいである。
 俺は店の前で車――後ろの荷台に単車を積むことが出来るバン――を停めると、所長とチャーリーを降ろす。“サカタ”の隣のビルは、駐車ビルになっていた。俺は車をビルの中へと向かわせる。
 エレベーターで5階に上がると、車を停める。
 ん? 背中の方で人の気配を感じた。ドアのキーロックをかけながら振り返るが、誰もいない。
「気のせいかな」
 ポツリと呟くと、俺はエレベーターで下に降りた。駐車ビルから出ると、何となく視線を感じたので、上を振り仰ぐ。車を置いた5階の窓に人の影が見えたような気がするが、よく見ると単なる影だと気づいた。全く、久しぶりの仕事で神経質になってんのかな。俺は苦笑すると、小走りで待たせている所長とチャーリーの方へ向かった。
「明、何してる。早く来い」
 ぐずぐずしていたのでいらついたのだろうか? 小走りで駆け寄る俺に所長が手招きする。
 何かひっかかる感じはあるのだが、とにかく俺は店の前で所長たちと合流した。
「さて、とりあえず店に入ってみるか。聞き込みはそれからでも遅くないだろう」
 所長はこう言うと、俺たちを促して店内に入る。
 薄汚れた雑居ビルという風情の外見に比べて、内装はとても綺麗だ。壁紙の白さが、この店が開店したばっかりだということを物語っている。少なくとも、うちの事務所よりは綺麗だ。うちの事務所だって開いてから3ヶ月しかたってないけどね。
 陳列してあるのは、銃から刀、防弾チョッキにいたるまでの、いわゆる「武装」の類から、家電・トロンや、各種パーツの「ハード」類。そして、“さらりまん”だとか“演神”用の「ソフト」類など、全て中古品である。“サカタ”は中古ショップだったんだな。
「いい店だな」
 店内を見回して所長が呟く。これには俺も同感。客層も真っ当な――とはいえ、武器を買うような真っ当なヤツなんてたかが知れてるけどね――のが多い。見るからに“ヤバイ”雰囲気をかもし出してるようなのはいない。
 こんないい感じの店が、まだ断定できないとはいえ、裏でヤクを捌いてるってんだから、この街は恐ろしい。
「アキラ」
「何だ?」
 中古の銃を物色していたチャーリーが呼ぶので行ってみると、チャーリーは無言で棚を指差す。棚に並んでいる銃を、さっきのように流し見るのではなく、じっくりと観察してみると、チャーリーがなぜ俺を呼んだのかが分かった。
 俺も、今までスラムで色んな中古品を見てきた。新品を買う金なんざなかったから、その手の店をハシゴして、少しでも状態のいいヤツを手に入れなければならなかったからだ。いかに安くいい銃を手にいれられるかは、スラムで生き残るための最低限の知恵だ。
 その俺でも、ここまで状態のいい中古品は見たこと無い。新品同様――いや、新品をさらにチューンナップしたかのようだ。
 値札を見て、更に驚いた。安い。破格と言ってもいいだろう。新品の半額以下。他の中古屋と比べても7割ぐらいの値段だ。しかし、ここまで安くできるものなのか?
 これだけ安値をつけちまうと、他の店が売れなくなるはずだ。そうすると、整備や修理もろくにされてないような中古品を売り捌いているブローカー連中は、絶対に黙っていないはずだ。必ず実力行使に出るはずだ。確かに住宅街だったらスラムの“暗黙の了解”は通じないかもしれないが、“サカタ”は元はスラムにいたっていう。
 抜け駆けして潰された店なんざ、俺は腐るほど見てきている。しかし、俺は“サカタ”なんて店、評判すら聞いたことがなかった。何か、裏がありそうだ。“サカタ”がここまで安値をつけられる理由・・・俺がスラムを抜けてから、何が起きたんだろうか・・・
 定価の半額の値がつけられた44口径のリボルバーをいじりながら考え込んでいると、チャーリーが俺の肩を叩いた。
 振り返ると、所長が顎をしゃくって俺たちを呼んでいた。所長は、上向きの矢印と“CLOTH”と書かれた看板の下がっている、上り階段の前に立っていた。どうやら2階も見てきたみたいだ。
「2人とも、出るぞ」
 俺たちが所長のところに行くと、所長はスタスタと出口に歩いていってしまった。チャーリーと俺は目を合わせると、肩を竦ませてから所長の後を追いかけた。
「お前ら、気付いたか?」
 店を出ると、所長が問い掛けてきた。
「中古品が安すぎることですか?」
「そうだ、俺は2階の衣服売り場に行ってみたが、衣服は適値だった」
「てことは、電化製品と武器だけ安いってことですか」
「そうだ。それに、あれだけ安く売ってしまうと、儲けはほとんどないだろう。それなのに」
「スラムを出て住宅街に、ボロいとはいえ3階建てのビルを買い占められるのは、裏に大きな組織がいるのは間違いない、と」
 俺に結果を言われてしまい、所長は悔しそうな顔をして頷く。そして、気を取り直したように、
「まあ、捜査に来たブラックハウンドの隊員を消しちまうぐらい、大きな組織だな」
「何で、電化製品だけ安いんですかね」
「考えられるのは、電化製品や武器に特別な入手経路を持っているのか。それとも、他が買わないような状態の悪いものを捨て値で買って、優秀なタタラが直しているか、だな」
 俺の問いに所長が答える。あ、タタラってのは、技術者とか研究員とか、まあ、テクを生業にしてるヤツらのことだ。
「その場合」
 ぼそっとチャーリーが口を挟む。
「身内でしょう」
 ・・・続きを待っていても、次の言葉がない。どうやら今の一言で終わりらしい。こいつと知り合ってもう随分たつけど、いまだにこの話し方にはどっと疲れるものがある。理由を言わずに、結論だけしか、必要最小限のことしか喋らないのだ。
「ふむ。身内なら賃金払わなくて済むからな。ま、道理だな」
 所長が後を続ける。チャーリーは無言で頷いた。
「それで所長。どうしますか? ここで立ち話続けててもしょうがないでしょう。聞き込みでもしますか?」
 大の男3人で店の脇の路地で立ち話してるのは、いかにも怪しいので、こう提案した。店に入る前に感じた人の気配がどうも気になる。
「そうだな、それじゃ別行動だ」
 所長の言葉に、チャーリーがすごく情けないような顔をした。俺は心の中で笑みをこぼすと、助け舟を出してやった。
「チャーリー、お前に聞き込みはできないだろ? 所長の後をつけて、怪しいヤツがいないか見ててくれ」
 チャーリーは心底ほっとした表情で、黙って頷いた。その青い目の輝きは、俺に「感謝」を伝えるものだ。俺は笑って見返してやる。そんなに話すの苦手か、相棒?
「よし、それじゃあ、2時間後に駐車ビルに集まるぞ。ブラックハウンドでもてこずった連中だからな、警戒されないように気をつけろ」
 俺は右手を上げて了解の合図を送ると、所長とは反対の方向に歩き始める。
 しばらくの間、“サカタ”の周りをぶらついてみる。“サカタ”の隣は、以前は何か店舗が入っていたと思わせる3階建てのビルだ。ただし、今はうっちゃられてるみたいで、人気はない。道に面した1階はガラス張りで中が見えるようになっているのだが、内装を綺麗さっぱり取り去ったみたいで、壁も床もコンクリが剥き出しになっている。多分、上の階も似たようなもんなんだろうな。
 サカタは、道を隔てた東側に駐車ビルがあり、西側に食料品店があり、その北には雑貨屋というか、コンビニがある。店の南は環状8号線。その南は斑鳩地区――中流の住宅街――になっている。
 立地的にも抜群だな、こりゃ。繁盛間違いなしってもんだ。よくこんな物件が残ってたな。それと、あの廃ビル。普通、こんな立地だったらすぐに埋まると思うんだけど・・・貸し店舗のチラシすら貼ってなかったな。怪しい。
 ま、とにかく最初は、ここで話を聞くかな。俺は、食料品店の看板を見上げる。そこには“キャンディー・フーズ・大黒屋”とあった。
 キャンディー・フーズ。すなわち、CFC――キャンディー・フーズ・コーポレーションである。CFCは日本系企業で、N◎VA内の合成食品の9割以上のシェアを占める巨大企業だ。“災厄”後の混乱に、日本が鎖国をし力を蓄えることができた最大の理由は、合成食料技術を確立し食料自給を果たしたことにある。CFCはその技術を生かし、今度は世界一の食料メーカーになったのである。
 ま、“災厄”後に生まれた俺にとっちゃ、そんな歴史なんかどうでもいい。まあまあうまいジャンクフードの宝庫、とだけ覚えておけばいいんだ。まったく、ガキの頃に身につけさせられた知識が、こんな時に出てくるんだから・・・
 俺は、気を取り直して、大黒屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
 景気のよい声がかかってきた。カウンターの店員がこっちに笑顔を向けてくる。好感のもてる30代前半ぐらいの男性だ。
 おそらく、何かの人格カードを使ってるんだろう。笑顔、物腰、発声、全て完璧な“店員”だ。人格カードってのは“演神”っていうサイバーウェア用のソフトで、そのカードにサンプリングされた人格になれるというものだ。DAKやIANUSのバディの人格を変えるのにも使える。元々は既知外用のものだったらしいが、今ではこういう客商売とか、企業の営業なんかがよく使う。
「隣に新しい店ができたんだな」
 合成食を物色しながら店員に言った。他の客がいないからか、店員がそばに寄って来ながら、
「そうなんですよ、お客さん。いやあ、安くていい店ですよ。サカタさんは優しい人ですし」
「中古の販売だけでなく、修理もしてくれるのかな」
 さっきの話じゃないけど、タタラが身内だったら、きっとやってるはずだよな。
「ええ、やってらっしゃいますよ」
 やっぱりね。そうじゃないかと思ったんだよね。
「腕は確かかなぁ、どうも新しい店は信用できなくてね、でもまあ、安いにこしたことはないし。売り物があれだけ安いんだから、修理だって安いんでしょ?」
 隣に並んで立っている店員に視線を移しながら俺が言うと、店員はにやっと笑って、
「いやあ、修理の腕も一流ですよ。先日修理に出したポケットロンは、完璧に直って戻ってきましたよ」
「へーっ、それは凄い。それじゃ、頼んでみるかな。そうそう、修理してるのはどんな人だか知ってる? まさか、サカタの店長じゃないんでしょ?」
 街中で気軽に食べられるという触れ込みの合成パンを買い物かごにいくつか放り込み、レジの方に歩きながら訊ねる。あ、ちなみにポケットロンというのは、携帯トロンってやつ。モバイルだな。
「私も実際に会ったことはないんですけどね。噂ではサカタさんのお嬢さんらしいですよ。14〜5だって話ですけど」
 店員が、俺の先回りをして、カウンターに回りこみながら答える。
「名前は分かる?」
 代金を払いながら訊ねてみる。
「なんだったかなぁ。店を開く時に挨拶に来てたらしいんですけどね。あたしはちょうど休みだったもので。そうそう、メグミとかっていってたかな」
 店員は品物を袋に詰め終わると、俺に手渡した。
「毎度あり。また来てくださいね」

 買ったばかりの合成パンをかじりながら、俺は納得した。チャーリーの言う通り、身内だったってわけだ。娘が修理してるなら、給料を払う必要なんかないもんな。
 よく文句を言わないな、と思うかい? それは、君がスラムのことを知らないからだ。1日生きることが大変で、子供の多くが死んだり、捨てられているのだ。親の仕事を手伝うなんてのは当たり前のことだ。修理なんて自分の手が血で汚れないだけマシってもんだ。倒れてるヤツがいたら、息の根が止まるまで殴りつけ、みぐるみ剥ぐのがスラムでは平気で行われてることだ。
 俺も、そこまでやっちゃいないが、何人も殺してきた。もちろん、仕事でだが。カブトは、依頼人を護るために暗殺者を殺すのが仕事なんだから。
 しかし、信じられないこともある。14〜5才の少女が修理してるみたいだって? あの中古品のマグナムは、本当によく整備されていた。俺の愛用してるマグナムも、師匠の形見だから、きちんと整備している。いや、そうじゃなくても整備するのは当たり前だけど。いざという際に役に立たない武器なんて、必要ないから。
 しかし、それでも、俺のマグナムなんかが薄汚れた鉄くずに見えるほど、あのマグナムは完璧に整備されていた。少なくとも、本格的な設備の整っている場所にいることは間違いないだろう。
「ビリー、データ検索。“サカタ メグミ”で関連事項を洗ってくれ」
(OK)
 俺の思考トリガーに、左斜め前方に姿を現したビリーが、返事を寄越す。
(表示するぞ)
 架空モニタに情報が表示される。しかし、大した情報はなかった。ブラックハウンドが調べた情報が、まだほとんどないのだと痛感させられる。俺が掴んでいることすら載っていない。
『サカタ メグミ:一人娘、14歳』
 おいおい、って感じだな。俺は、そこに『タタラ』と付け足しておいた。

 雑貨屋にも話を色々聞いてみたが、大したことは分からなかった。店の親父はサカタのおかげで客が増えたと喜んでいた。俺もその客の一人らしい。しかし、まだボロは出していないってことか。だが、ブラックハウンドが乗り出したってことは、絶対に何か関連があるはずなんだ。
 他にも色々聞いてみたけど、評判は良かった。何か最近変わったことがないかと聞いてみたら、暴走族がうろつくようになって迷惑だと、この辺りに住んでいるおばさんがぼやいていた。
 ふむ、確かにおかしい。この辺りは暴走族がうろつくような場所ではないな。もしかしたら、何か関係があるのかもしれないな。族については、一人知り合いがいる。奴に聞いてみるかな。
(アキラ、約束の時間だぜ)
 ビリーが、時間が来たことを教えてくれた。俺はうなずくと、駐車ビルの前まで戻った。車を停めた5階の窓を見てみると、影は無かった。もう夕方だから、それで影が無いんだろうと思った。いや、思い込んでしまった。後から考えると苦笑するしかない。果たして、南向きの窓に、昼に影が映るのだろうか?


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