俺の見つけた宝物



 俺が恵ちゃんの家から事務所に戻ると、事務所の前には見慣れた単車と一人の男がいた。ブルージーンズにライダーブーツを履き、素肌の上に皮ジャンを着込んだ男は、友人のサイゾウである。
 黒をベースに様々な色に染め込んだメッシュの髪の毛をツンツンに尖らせているサイゾウは、一見して派手で典型的なイカれたカゼという風情だが、これでバイオリンを弾かせれば超一流でエグゼクが集まるようなお堅いレストランで公演をしたりするから、人ってのは見た目じゃ判断できない。
 単車は漆黒で、改造に改造を重ねており、これが和光のブリリアントホークという単車だったと言っても誰も信じないような単車に仕上がっている。フロントに機銃を二門搭載でき、戦争をする際には単車を自在に操ってこの機銃でほぼ敵を壊滅させる。敵は徹底的に叩くというやり方で狭くはない縄張りを確保したゾクのリーダーである。
「よぅ、待たせたか? 俺、遅れてはない、よな?」
 俺は時間を確認しながら、単車を止めて挨拶する。俺の言葉に、サイゾウは視線を雑誌から上げると、人懐っこい笑みを浮かべて俺に笑いかけてきた。
「んにゃ、時間通りじゃね? 俺がちょっと早く着きすぎただけ。ハイソな連中の公演ってのは時間キッチリ終わるもんでね。しばらく一人で流してたんだけど、飽きたんで早めに来た」
 それから、俺の顔を覗き込んでくる。目には興味深々といった光。な、なんだよ?
「あれ、明。何かいーことでもあった? なんつーか、すげぇにやけた顔になってんぞ?」
 ええ? 俺は無意識に口の辺りをさする。
「そ、そうかな? まあ、いーことっていうか、そうだな・・・護りたい人ができたっていうか、いいだろ、そんなこと」
「へぇ〜、“鉄壁”に護ってもらえるなんて、そりゃー随分ラッキーな野郎だな」
「いや、野郎じゃなくて、女の子なんだけど・・・あ、いや、そんな話はいーんだよ」
「女か! 明がねぇ、女ねぇ。ま、いーんじゃねぇの? 麻美さん死んで2年か? 新しい出会いってのはいーもんだ」
 なんか、サイゾウは一人で納得してうんうん頷いている。あー、もぅ、俺の話はいいんだっての。
「そっかそか、それで顔赤いんだ?」
 にやにやとサイゾウが笑ってる。俺はなんていうか、からかわれるのは心外というか、これは俺にとっては凄く崇高な気持ちというか・・・あー、自分でも何だか分からなくなってきた。
「だから、俺の話じゃなくてさ。ゾクの話なんだよ、ゾクの。そっちが本題。事務所入るだろ? 茶ぐらい出すぜ」
 俺は自分の単車をガレージにしまうと、事務所へと向かう。サイゾウはまだ後ろで「これで暴走が止まるといーなぁ」なんて呟いている。
 まあ確かに、サイゾウには随分心配をかけたこともあるのは確かなのだ。俺がサイゾウにあったのは3年ぐらい前。そろそろ半人前のカブトとして、仕事でも請け始めようかという時期だったっけ。俺はスラムに行ってから単車にも魅入られたんだけど、よく一緒に走ってテクを仕込んでくれたのがサイゾウだった。そして、師匠が死んでから“白い愚風”なんて呼ばれるような無茶な――自分では無茶だとは意識してなかったが――走りをしてた頃に、何も余計なことは言わずに隣で一緒に走ってくれたのも、サイゾウだった。
 事務所に入ると、俺は適当にコーヒーを2つ淹れ、サイゾウと俺の前に並べる。さて、ここからが本題だ。
 俺が火炎蝶舞というゾクがこの辺りでヤクをキメて走ってることを告げると、サイゾウはいきりたった。
「明、それマジで? クソ、あんまりこの辺走ってなかったとはいえ、そんな連中が出てきたのか。大体俺、ヤクって嫌いなんだよね。あんなの走りでキメられない半端モノが使うもんじゃね?」
「そうだな、お前のチームはクリーンだもんな」
「ま、ね。俺が頭になる前は、使ってるヤツもいたみたいだけど。俺は許さなかったかんね。でも、ヤクなんかキメるより、思いっきり走る方がよっぽど気持ちいーじゃん? それは、“白い愚風”もよく分かるだろ?」
「訊かなくたって分かることをいちいち訊くな」
 俺は笑いながら頷く。サイゾウは俺の憂さ晴らしに一番付き合ってくれたヤツだからな。
「しかし、そんな連中出てきたか。しゃあねぇなぁ。じゃ、暫くはこの辺りを流すかな」
「あー、サイゾウ、出くわしたら当然・・・?」
 俺の反問に、サイゾウは当たり前のことを訊くなって顔をすると、
「ぶっつぶすよ。欠片も残さない。二度と走れなくしてやる」
 サイゾウのこうした発言は大げさでも何でもなく、本気なのだ。実際、サイゾウは今まで、いくつものゾクを葬ってきた。敵対したゾクでも、気骨のあるような連中だったら走りで勝負して傘下に加えたりもしてきたが、気に入らないゾクだったら最初っから戦争である。相手が全員死のうが再起不能になろうがお構いなしで、用意した弾丸が空になるまで撃ちつくす、そういうヤツだ。サイゾウは殴り合ったらお世辞にも強いというヤツではないのだが、単車に跨っていたらちょっと相手はしたくないっていうぐらい強い。逃げようにも、俺はサイゾウよりも速いヤツに未だかつて出会ったことはない。
 俺も走りっぷりに通り名がつくぐらいの速さではあるが、俺が全力で走っていても、サイゾウは横で鼻歌交じりで流している。それぐらい速いのだ。
 ちなみに、サイゾウの通り名は“奴”というのだが、この名は俺の“鉄壁”のような半ば自称している名前と違って、本当に周りがつけた名前である。サイゾウの縄張りで半端して走っている連中の間で「ちんたら走ってると奴がくる」という話が広まって、それが元でついた名である。あー、俺の“白い愚風”って通り名も、周りが勝手につけた名だったりする。
 「ボロ雑巾よりもズタズタにしてやる」とか言って沸騰しているサイゾウの頭を冷やすように、俺はコーヒーのおかわりを注いでやると、「ちょっと待ってほしいんだが」と切り出した。
「俺、もう少し奴らを泳がしたいんだよ。だから、連中をぶっつぶすの、ちょっと待ってほしいんだよね」
 俺の言葉に、サイゾウは少し思案する顔になる。
「んー、“白い愚風”の頼みだから、無下に断る気はないけど・・・でも、そんな半端な連中が俺のシマを荒らしてるとあっちゃ、放置しとくわけにはいかないんだよね。なめられるわけにはいかないっしょ」
「それは分かるんだが、ヤクを卸してる組織をたどるための大事な糸だからさ。そんなに長い期間待ってくれとは言わないよ」
 サイゾウは腕を組んで考え込む。
「そうだな・・・一週間・・・いや、3日だな。それ以上は待てないかんね。とりあえず、3日後まではこの辺は走らない。でも、今晩だって出会ったらぶっ潰すかんね」
 俺はサイゾウの言葉にうなずく。
「OK、それでいい。出会って見逃すなんてのまでは、お前に期待してないよ。そんなの、ニューロにイントロンするなって言うようなもんだし」
 俺の言葉にサイゾウは決まったというように手を打つと、コーヒーを飲みつつ、何かいたずらを思いついた顔をして、俺の顔を覗いてくる。
「あーでも、一つだけ交換条件つけよっかな」
「え、な、なんだよ?」
「一段落したらでいーからさ、俺に例の彼女、紹介してちょーだいよ。“鉄壁”に護られてるコっていうの、見てみたい」
 あーくそ、にやにや笑いやがって。だが、そうだな。本当にそうなればいいかもしれない。
「わかったよ、事が丸く収まったら、な。その代わり、彼女に手、出すなよ?」
 俺は笑い返してやると、立ち上がる。それで、サイゾウも席を立つと、けらけらと笑いながら事務所を後にした。

 遠ざかるサイゾウの単車の爆音を聞きながら、俺は椅子に座ると、机に足を投げ出す。自然とふんぞり返った姿勢になり、天井を眺めながら考え込む。
 恵ちゃんをサイゾウに紹介できれば、本当にいいな、と。
 ただ、この事件が終わった時、俺が本当に恵ちゃんの友達でいられるだろうか。サカタがヤクを卸している事実を暴いた時、恵ちゃんは俺を許してくれるだろうか。
 ブラックハウンドは、俺たちが証拠をそろえれば、サカタを捕まえるだろう。そうすれば恵ちゃんは全てを知るだろう。
 父親が犯した悪事を知り、そうして得た糧で自分がタタラ街に住んでいるのだと知ったら、どう思うのだろうか。
 そして、父親を捕まえたのが、ようやくできた友達と、その仲間たちだと知ったら。
 俺が父親のことを調べるために、俺が恵ちゃんの友達になったのだと、そう思いはしないだろうか。いや、普通は思う、よな。実際、俺が恵ちゃんに会ったきっかけというのは、まさにソレなんだし。
 でも、俺が恵ちゃんに会いたいと思ったのは、まぁ、情報収集ってのも目的の1つではあったけど、純粋な興味からだった。恵ちゃんを利用しようと思ってのことじゃない。だけど、そう言ったところで信じてはくれないだろう。
 俺は、この事件を解決したとき、もしかしたら、初めてできた女友達を失うことになるのかもしれない。
 俺はそう思うと、胸に痛みを覚えた。たった数時間話しただけだが、それでも充分に人に好感を与えるコなのだ、恵ちゃんは。恵ちゃんに嫌われるのはまだいい。でも、恨まれたり呪われたり、利用しただけだと誤解されるのは、考えただけでも非常に辛い。
 彼女は本当に純粋で。護ってあげたい、傍で見守っていたい、笑顔を見ていたい、困っていたら助けてあげたい、そんな気にさせる娘、孤独を打ち消そうと気丈に明るく振舞っているコなのだ。
 やっぱり、恵ちゃんを裏切ることになってしまうのだろうか・・・でも、仕事に私情は交えられない。俺だってプロだ。
 だけど・・・
 俺は、ヤクの売買なんかに手を出したサカタに理不尽な怒りを覚えた。
(アキラ、無線接続。所長からだ)
 ビリーの声で、俺は我に返ると、ビリーにつなぐように指示を出す。
「所長、どうしたんですか? 何か起きましたか?」
「ああ。今、“サカタ”にゾクが集まってきた」
 俺の言葉に、所長から冷静な声が返ってくる。まあ、無線通話は言葉を実際に発しているわけじゃなくて、言葉をIANUSが音声に変換してくれるから、基本的には冷静な声になりやすいわけだが。まあ、できたバディだと、そこでニュアンスなんかを読み取ってくれたりもする。っと、脱線。
「お、ようやっと動きあり、ですね。所長はまだ駐車ビル・・・ですか?」
「そうだ。さっきこのビルの見張りが慌しく人がいないか確認してたがな」
「自慢ですか? ま、そんなのに見つかってもらっちゃ困りますけど。で、俺、どうしますか?」
 俺の問いに、沈黙が数秒。
「アキラ、今、事務所か? サイゾウくんはどうした?」
「もう帰りましたけど」
「じゃあ、いいか。ちょっと待て、今から事務所のDAKとも繋ぐ。こっちの映像情報を送るから、桜に録画させてくれ」
「了解」
 俺はDAKの元へ歩み寄ると、受信中の映像を2Dモニターに表示すると共に、DAKのバディの桜に命じて記録メディアへと画像を保存するように指示する。
 IANUSは生体情報を電文化できるから、所長が見た映像をデータ転送して、事務所にあるメディアに保存・・・なんてこともできるってわけだ。本当なら所長が直に保存してもいいわけだが、映像ってのはデータ量が意外とでかい。人間にのっけられるようなメディアでは撮れて数分になってしまう。精度を落とせばもっと長くとれるが、今回は精度落とすわけにもいかないから、こういう手段をとるってわけ。
 2Dモニターには、“サカタ”の周りに群がっているゾクが映し出されている。意外と、デカいゾク・・・だな。
「証拠になるようなモノがとれるといいんだが・・・。しかし、すごい人数だな。こいつら全部に行き渡るとすると、相当な量のヤクを扱っているな」
 所長の言葉と共に、画像が左右にゆっくりとターンする。なるほど。映し出されているゾクの数は10や20ではなかった。
「で、所長。俺、そっち行っていいですか?」
 ざっと見、敵の数は30ってとこかな。引き合いに出すと怒るかもしれないが、サイゾウの“レッドホット”は20人はいなかったと思う。まあ、多ければ多いなりに対処法ってのはあるってもんだ。一番怖いのは少数精鋭の一枚岩ってヤツだから。
「え、なんだって? こっちに来たいのか? でも、こっちに来て何をするって?」
「映像とるだけじゃ分からないこともあるでしょう? ほら、聞き込みとかって捜査の基本って言うじゃないですか」
「え、聞き込み? 何だって? 誰に聞き込むっていうんだ」
 所長の慌てたような声が聞こえるが、俺は笑って言葉を続ける。
「大丈夫ですって、所長。危ないことをしませんから」
「おい、アキラ、待て、おまえのスラム時代の話では」
 所長の小言を聞くつもりはないので、俺はビリーに命じて接続を切ると、事務所を後にした。
 ガレージに向かいながら、俺の胸は期待に膨らんでいる。まだ9時を少しまわったところだ。夜はまだまだこれからである。“火炎蝶舞”の連中が愉しませてくれるといいんだが。
 俺が愛車を撫でると、俺の心が分かったのだろうか、白いステッペンウルフはエンジンの咆哮をあげた。


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