暴力団関係相談所


 とある警察署の入り口脇に「暴力団関係相談所」と書かれたたて看板が出ていた。
 その地域には、暴力団の事務所があり、住民達は少なからず被害を被っていた。そのために、警察側で設置した相談窓口があるのである。
 警察の敷居は低くないものの、それでも1日に数人が相談に訪れる。
 彼、来生良はマル暴の新米刑事として、その相談に追われる日々を送っていた。
 たとえば、こんな次第である。
「すみません」
 色っぽい女性だ。夜の商売の人かな、と良は推測する。
「実は、組の人につきまとわれてて困ってるんです」
「何か被害は受けましたか?」
「いいえ、まだ何もされてはいないんですけど。お客様でもあるので、無下にできなくて困ってるんです。何かいい方法はないでしょうか?」
 ポリポリポリ。良はボールペンで頭を掻くと、
「その状態では、警察としましては何かしてさしあげられませんねぇ。とりあえず、お客様としてしか見ていない、と言うべきではないでしょうか? まぁ、相手が組関係の人だと怖いのは分かりますけど。はっきり拒絶しないと、向こうだって気があると思っちゃいますよ? それとも、ボクと付き合ってみるというのはどうでしょう?」
 にこにこにこ。良はとっておきの笑顔をみせる。
「あらやだ」
 女性は笑うと席を立つ。
「分かりました。今度きちんと話をしてみますわ。あ、それと、申し出はありがたいですけど、辞退させていただきますね」
「何か被害を受けましたら、いらしてください。あ、被害がなくてもいいですよ、美しい人と話すのは楽しいですから」
 にこにこにこ。良は人好きのする笑顔で女性を見送る。
 基本的に警察は被害がないと出動できない。でも、それだからと相談を突っぱねるわけにもいかない。しかし、出動するわけにもいかない。ジレンマである。
 そんな時に、良はうってつけの人材だった。彼は人に憎まれないという特異な性格を持っていた。

「この間、その筋の人に殴られたんですけど・・・」
 目尻に判創膏を貼った男性が、おずおずと話し掛けてくることもある。
「はい、詳しく話をお聞きしましょう」
 殴られたとなれば、立派な傷害事件である。詳しく話を聞き、事件性があると分かれば先輩刑事にバトンタッチする。そこから先は、相談の枠を越える。立派な刑事事件として暴力団に対する攻め手の一つになるのだ。

 その日もまた、良は相談窓口に座っていた。本当はもっと捜査に加わりたいという気もあるのだが、これが自分の能力を一番生かす場所であるということもわきまえている。
 良は慌ただしく捜査に跳びまわる先輩達を横目に、今日も相談を受けるのだ。
「えっと、いいっすかね?」
 茶髪で短髪の青年が、良に声をかける。素肌にアロハ、チノパンといういかにもチャラついたカッコの男で、一見してチンピラという印象を与える男だった。
「はい、どうぞ」
 にこにこにこ。それでも、相談に来た人はお客さんである。まあ、実際にお金をくれるわけではないが、納税者という意味ではお客さんでも間違いではない。良は例のにこにこ笑いで男に返事する。
 チャラい男は、良の前の椅子に腰を下ろすと、落ち着かない様子で良に話し掛けた。
「ここって、相談に乗ってくれるんだよね?」
「はい、勿論。で、どーいった内容でしょう?」
「えっと、実は、仕事がうまくいかなくて、兄貴にしょっちゅう怒られてんですよ」
「えーっと」
 ぽりぽりぽり。良はボールペンで頭を掻く。しかし、男は堰をきったように話し始めた。
「いえね、お前もそろそろ一人前に仕事をこなせって言われてんっすよ。でも、結構あれでこの業界もムヅカシクってさぁ。こぅ、思うように捌けないんっすよ。で、売り上げが少ないから、怒られるわけ」
 この業界・・・捌く・・・良は違和感を感じつつも聞き手にまわる。
「で、実際はどんなことされるんですか?」
「殴られるし、蹴られるし。まぁ、パシリみたいなもんっすよ。ま、最初はしょーがないっすよね。兄貴はカシラだし、入りたての俺なんかがかなう相手じゃないんすけど」
「えーーーっと、ちょっといい? で、その兄貴っていう人が暴力団の人なんだよね? で、君は?」
「あ、俺もそーっすよ。末端も末端だけど」
 ブチ。流石の温厚な良も、さすがにキレた。
「あのね? ここは、暴力団の組員の相談にのるところじゃなくて、暴力団に被害を受けている人のための相談所なわけ」
 ぎりぎりぎり。歯の間から息を押し出すように良は呟く。憎めない笑顔はどこへやら。その笑顔は見たものを竦み上がらせるものとなっていた。
「え、やだなぁ、暴力団関係相談所ってあるから、つい」
 えへ、と愛想笑いを浮かべて、チャラい男は席を立つ。
「待〜ち〜な〜」
 幽霊のような声を出しながら、良は男の首根っこを押さえる。
「何を捌いていたのか、詳しい話を聞こうではないか〜」

 良は、この1ヶ月で、8人の暴力団組員の検挙に貢献した。
 にこにこにこ。
 憎めない笑顔で、今日も良は相談所に座っている。バカなシタッパが相談に訪れるのを待ちながら。


終わり


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