愛猫とボク


 実家の母から電話があった。何でも頼み事があるという。
 ボクが結婚して家を出てから、この頼み事は今回で何度目だろう?
 曰く。
「今度お父さんと旅行に行こうと思うのだけど、ミドリの面倒を見てほしいのよ」
 だ、そうである。
 父と母の趣味は、旅行である。
 姉とボクが結婚して家を出る前は、それこそ年に何度も旅行に行っていたものだ。
 しかし、姉が結婚して家を出て、それから数年後、ボクも結婚して家を出てからというもの、ようやく夫婦水入らずの生活になったものの、以前のようには旅行に行けなくなってしまった父と母である。
 その理由はただ一つ。
 愛猫のミドリを置いていかねばならないからだ。
 ミドリは、緑色の目をした可愛い猫で、勿論世界で一番可愛い猫である。
 もう10歳を越えたミドリは、人見知りが激しくてどこかに預けるわけにはいかないのだ。
 だから、ボクと姉のどちらかが面倒を見なくてはならない。
 しかし、姉も自分の娘の面倒を見なくてはならないし、夕飯の支度とかもある。
 だから、昼間は姉、夜はボクに面倒を頼むのが、父と母の慣例となってきている。
「いいよ、行っておいでよ、ミドリの面倒は任せて」
 ボクは快く世話を引き受ける。実家はそう遠くはないし、両親には随分世話になっている。何より、ミドリに会えるのは嬉しい。それに。
 結婚してからというもの、ボクは自分一人の時間というものに飢えているのである。
 夫婦生活には何ら不満はないし、澄(ボクの奥さん)にも何ら不満はない。二人でいるのは楽しいし、結婚してからもう数年たつけど、未だにらぶらぶな夫婦である。別れるなんて考えたこともない。だけど。
 やっぱり、自分一人で好き勝手やれるっていうのは楽しいじゃない?
「いつも悪いね、良くん。澄さんにもよろしく言っておいてね、良くん借りるけどって」
「大丈夫だよ、いつものことだしさ。で、いつ旅行に行くの?」
「えっとね・・・」

 電話を切ると、ボクは澄に声をかける。
「澄、再来週の金曜の夜は、実家に行ってくるね」
「何で?」
 キッチンで洗い物をしながら澄が答える。
「旅行に行くからミドリの面倒を見てってさ」
「りょーかいぃ。ミドリちゃんによろしくね」
「あいよ。母さんが澄によろしくってさ。いつもボクを借りて悪いねって」
「くすくすくす。いつでも貸し出すよぉってお母さんに言っておいてね」
 澄もいつものごとく、快く承諾してくれる。
 ボクは、再来週について、思いを巡らした。
 どーしようかな、何かビデオでも借りてみようかな。澄と一緒じゃ見れないようなジャンルがいいな。
 つまみとビールでも買っていって、ビデオ鑑賞と洒落こもうかな。
 それとも、実家に置いてきてしまった本でも読み直そうかな。
 勝手知ったる実家だし。ミドリとちょっと戯れて・・・
 夜更かしして、何をしよう。ボクの心には、色々計画が浮かんでくる。

 再来週の金曜日。
 実家を出たボクに、愛猫の態度はつれないけれど、片道1時間の独身時代に帰る旅。


終わり


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