戯れ言


「イーーーーーーーーーッ!!」
 おなじみの声が自分の声帯から発せられるのに、とある戦闘員は快感を覚えていた。
 戦闘員がなぜ、誰も彼もがあの声を発するのか。
 それはキモチイイからである。そのように改造されちゃったのだ、仕方ない。
 とかく戦闘員というものは、命令に服することに快感を覚えるのだ。そして、命令に従うと表明することこそ、あの声なのである。だから、あの声を発するのはとても快感なのである。興味のある人は一度改造してもらうといい。お勧めはしないが。
 ではなぜ、あの「イーーーーーッ!」でなくてはならないのか。
 別に「オーーーーーーーーッ!」でもいいではないか。その方がヒーローらしくてカッコイイではないか。しかし、駄目なのである。「オーーーーーーーッ!」は戦隊もののヒーローの専売特許なのであった。それに、とかく世界征服を目指す集団というものは伝統を重んじるものである。そして、ショッ○ーの戦闘員が「イーーーーーッ!」という返答であると確立してしまった以上、全ての戦闘員は「イーーーーーーーッ!」という発声をするように改造されねばならないのだ。
 をぉ、何かもっともらしいぞ。もっともらしいので、きっとそういうことである。故石森先生も、天国で許可してくださるに違いない。ダメですか、先生?
 ま、まあ、先生にお伺いをたてるのはソレとして、とにかくそういうことなのである。よって、戦闘員はあの音のみ発することができるように改造されているのだ。
 戦闘員が民間人を誘拐するのは、仲間を増やすためである。改造されて、一緒にこの快感を味わおうではないか、という良心である。戦闘員にとって、人間とは3種類しかいない。つまり、戦闘員と戦闘員に命令を出せるものと戦闘員以外、である。
 そして、戦闘員は、戦闘員以外の者を不思議に思うのだ。何で、こんなに気持ちのいい戦闘員にならないんだろう、と。
 特に、変身なんかしちゃったりする人には痛切に思うのだ。戦闘員をいぢめたりせずに、自分も戦闘員になれば、一緒に幸せなのに、と。
 それに、戦闘員に個体、という認識はないのだ。戦闘員は戦闘員である。戦闘員AとかBとかではない。みぃんなひっくるめて戦闘員である。それ以外の認識は必要ないのだ。大いなる和の中に戦闘員の個というものは埋没している。そして、それが幸せなのだ。他と一体となる幸せである。それに、改造された段階で個という認識なんてなくなっている。記憶だって当然なくなっているわけだし。
 そして、命令を下すものも当然必要になってくる。何といっても、その人たちからの命令を守ることにこそ、戦闘員は快感を覚えるのである。命令してくれる人がいなくなっては、もう快感を覚えることができないのだ。それは困る。だから、命令を与えてくれる怪人がピンチなときには、身体を投げ打って守ろうとするのである。
 さて、ここまで戦闘員について語ったわけであるが、ここでとある戦闘員に注目をあててみよう。戦闘員自体には個という概念はないが、まだ改造されていない我々には個という概念はあるわけで、よって、これから先は改造されていない人のみに通じる話となる。
 さて、この戦闘員、元の名を来生良という。つまり、元の名来生良戦闘員である。略してモキセン。何となく語呂がいいような気がするので、今後はモキセンと呼ぶことにする。
 モキセンは、現在21歳である。男の子である。ましてやチェリーボーイである。穢れを知らないのである。でも、戦闘員というタダレタものに身をやつしてしまったのであった。
 中学生の頃におままごと程度の付合いをして以来、ようやっと彼女ができた矢先の改造であった。でも、今は快感でイッパイなのであった。
 「イーーーーーーーーーッ!」と叫んで快感になろう、このキャッチフレーズと1週間の体験改造という宣伝さえあれば、口コミですぐに戦闘員志願者は増えるに違いない。つまるところ、人間を支配しようとせずに、みんな戦闘員にしちゃえば、世界征服はともかく日本の支配なんてたやすいのだ。日本人は朱にいれば朱に交わる国民性だし。でも、そうすると搾取される側の人間がいなくなっちゃうけどね。
 閑話休題。ていうか、本題はあるのか?
 あったらしい。
 そのモキセンも、今では戦闘員であるが、彼の彼女の赤城澄さん(20)はそのジジツを知らなかったのである。
 行方不明、であった。完全無欠の行方不明。彼の家には何ら変わったことはないし、彼の両親もなにも知らなかった。逆に、疑われたほどである。
 親に黙って行方をくらます子ではない、あんたがそそのかしたんでしょう、とまで言われたのだ。憤慨である。でも、澄さんは、甘んじてその台詞を受けた。反論はしなかった。その言葉が彼が本当に行方不明になったことを告げていたし、お母さんも興奮しているだけだから、と察したからである。出来の良い娘なのであった。
 こんなに出来のいい娘なのに、彼女の方も高校の頃に何ヶ月か男の子と付き合って以来、恋人ができなかった娘なのであった。容姿だって悪い方じゃない。どっちかっていうと可愛い方だ。ただ、おとなしめで目立たない娘であったのだ。
 お互いにそーいう経緯をへて、恋人同士となったわけであった。天下無敵のヤラハタカップルであった。これでオトナの階段昇れるのね、とお互いに思ったりもしていたのだ。2000年1月現在の某友人のように、らぶらぶうきゅーな状態であったのだ。もう、相手を見ているだけで幸せが込み上げてくるのであった。「君といるだけでシャーワセ」なのである。
 そーいった状況で、突然相手が行方不明である。神隠しなんである。忍者の郷で修行させるにはちょっとトウがたっているので、それは心配しなくてもよさそうだが、誘拐かもしれないのだ。拉致である。埒もないことでは決してないのだ。
 恋人のことを心配するのは当然というものだ。彼女は色々と捜しまわった。警察も捜しまわった。しかし、これといった手がかりを得ることもなく、日々は過ぎていったのだった。
 その間、モキセンは「イーーーーーーーーッ!」なぞと言って気持ち良くなっていたのであった。おそるべき改造なのであった。

 手がかりは偶然やってきた。モキセンが改造されてから1ヶ月ほど過ぎた頃である。彼女は、まだモキセンのことを好きでいた。よーやっとできた彼氏だし、カッコイイし、やさしいし、諦めて違う男のことを好きになるなんてできないっ! てなもんであったのだ。もしかしたら、一途な自分に陶酔してるだけ、かもしれないが。
 さて、その偶然とは何であろうか。その偶然とはテレビであった。朝のワイドショーで、なんか事件のあった村かなんかの町の人をインタビューしている映像であった。
 そのインタビューのバックに、黒い全身タイツに身を包み、頭にタオルをまいたモキセンが映ったのである。彼は、畑仕事をしていた。
 なぜか。理由は簡単。世界征服を成し遂げるまで、彼らは自給自足の生活を行っているからである。畑を耕し、内職をこなし、そして食料とお金を手にいれていたのであった。人足なら十分にいる。そして、彼らの労働意欲に尽きるところはないのだ。
 赤木澄20才(3サイズは秘密)は、テレビ画面を見て、考えた。彼は、なぜあんな格好であんなところにいて、畑仕事をしているのか・・・
 彼の趣味ではないことは明らかであった。全身黒タイツである。QUEENの故フレディ・マーキュリーのステージ衣装や、バレエの衣装以外でお目にかかることは滅多にない格好である。しばし熟考した結果、答えが出た。
 行方不明、黒タイツ。そこから導き出される答えは「戦闘員」しかなかったのだ。
 違う答えが思い付くという方は、是非お教え願いたい。その理由とともに納得できたら、負けを認めましょう。負けを認めるにはやぶさかではないのです。求ム、挑戦者!!
 閑話休題。そして、ないに等しい本題をすすめることにする。
 唯一の答えである「戦闘員」であるが、しかし澄さんもにわかに信じることはできなかった。というより、誰にも話すことはできない。話すことができるとしたら、世界征服を企む何とか団やら何とか結社から、改造された挙げ句に逃げ出し、そいつらの手から地球を守るべく戦っている人間だけなのだ。でもない限り、熱を計られて、「大丈夫?」とかって聞かれるに違いないのだ。
 ここで病院に入るわけにはいかなかった。せっかくつかんだ手がかりである。しかし、どうやって助け出すのか・・・
 作者にもそれは思い付かないのであった。困ったものである。
 ・・・・・
 数日後、澄から連絡を受けた国際救助隊に保護されたモキセンは、無事彼女の元に帰ってきた。その後の「元戦闘員来生良」略してモセキリ(語呂悪し)は記憶を取り戻し、以前と変わらない生活を送っているように見えたが、澄の言うことには「イーーーーーーーッ!」と答え、決して逆らうことはなかった。
 おそまつ。


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