ちみっちょい指で

 さくら幼稚園あやめ組の澄ちゃんには、今、とっても気になるお友達がいる。
 お友達の名は、良くんという。
 このぐらいの歳の子も、おませさんでいっちょまえに好きな男の子がいたりして、お友達と好きな男の子の話をしたりもする。
 他の子は、元気で人気者の大樹くんとか、可愛くて優しい巧くんとかを好きだという。
 澄ちゃんが良くんのことが好きだと言うと、みんなはどこがいいのか分からないと言う。でも、澄ちゃんはそれで安心したりもするのだ。
 ――りょうくんのいいところは、あたしだけがわかればいいんだもん!

 良くんは控えめでおとなしい子だ。
 みんなで遊んでいるときでも、あまり目立つことなく、かといって仲間はずれになるでもない。でも、ふと澄ちゃんが気づくと、良くんは園庭の外れの雑木林の中で、静かに佇んでいたりするのだ。
 上を見上げて鳥を眺めていたり、指先に蝶をとまらせていたり。
 そんな良くんは、いつも優しげに微笑んでいて、澄ちゃんのちっちゃい胸は「きゅん」とするのであった。

 みんなで園庭で遊んでいるときに、いつの間にか良くんの姿が見えないので、澄ちゃんはまた雑木林の方を見てみる。
 すると、良くんはやっぱり雑木林の中でしゃがみこんで、じぃっと木の根元を覗き込んでいた。澄ちゃんは良くんが何を見ているのか気になって、てとてとと雑木林の方に歩いていく。
 良くんの後ろに立って、良くんの頭越しに覗き込んでみると、そこには立派なカミキリムシが止まっていた。
 良くんはそのカミキリムシを捕まえるでもなく、ただじっと眺めている。
「ねぇ、りょうくん、その虫はなんて虫なの?」
 澄ちゃんは虫はどっちかというと嫌いなのだが、それでも良くんと話がしたくて訊ねてみる。もっとも、その虫の名前を知りたいなんて思ってはなかったのだが。
 良くんは振り返ると、柔らかに微笑んで、「カミキリムシ」とだけ答えた。
 その顔を見て、澄ちゃんはまた胸の奥の方がうずくように高鳴るのを感じるのである。
「ものしりだよね、りょうくん。虫、すきなの?」
 澄ちゃんの問いに、良くんは少し首を傾げて考えてから、こくんと頷く。
「虫だけじゃないけど。木も花も鳥も。みんなすきだよ」
 それから、良くんはにこりと微笑むと、
「すみちゃんも、好き?」
 と、問い掛けてくる。
「う、うんっ」
 と、つい頷いてから、澄ちゃんは思い直したように俯く。
「あ、でも。虫はあまり好きじゃない・・・」
 良くんの好きなものを好きじゃないということに、澄ちゃんは胸が締め付けられる思いだったけど、嘘をつく気になれなかったのだ。それは、とっても良くんに悪い気がしたのである。
 良くんは気を悪くした様子もなく、微笑んでいる。そしてカミキリムシを指差すと、見てごらんというように、澄ちゃんの手をとって、自分の隣に座るように促した。
 澄ちゃんの心臓は、トクトクトクトクと早くうつ。澄ちゃんは顔に血が上るのを感じながら、良くんの隣に座って一緒にカミキリムシを眺める。
 カミキリムシは、二人のことなんか何も気にせず、木の皮を噛んでいる。
「りょうくんは、他のおともだちみたいに、つかまえたりしないの?」
 他の男の子は、虫を見つけると捕まえて、自慢げに見せまわるものだ。でも、良くんは澄ちゃんの問いに静かに首を横に振る。
「うぅん、ぼくはこうして、虫がいるのを見るのがすきなの」
 そして、しばらく、二人は静かに雑木林の中でカミキリムシを見つめていた。
 澄ちゃんは、自分が雑木林の一部になったような気がしてきた。そして、良くんの気持ちをちょっと分かったような気がしたのだった。
 そのとき、足がもぞもぞしたので、澄ちゃんは自分の脛のあたりを見てみると、おっきな黒い蟻が脛を上ってきているのを発見した。
「きゃっ」
 びっくりして澄ちゃんが尻餅をつくと、良くんはちみっちょい指で優しく蟻をつまむと、地面に放してやった。
 そして、大丈夫だよ、というように澄ちゃんに笑いかけると、手を取って澄ちゃんが起き上がるのを助けてくれるのであった。



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