サハラの雨と日本晴れ

 自嘲めいた悟りきった笑いを浮かべて、来生良は車を走らせていた。
 高速道路に乗って振り返ると、千葉方面には綺麗な夕焼けが出ていた。
「毎度のことだけど、悔しいよね・・・」
 助手席で澄が呟く。良はうなずくと、トランクの中を思い浮かべた。
 トランクには、使われることのなかったビーチボールや浮き輪といったものが、空気を抜かれて、いや、空気をいれられることなく、詰め込まれている。 「マイナスかけるマイナスはプラスっていうけど、俺達は絶対に足し算だよな」
「足し算っていうか・・・・マイナスは変らずに二乗してる感じ」
 良と澄は顔を見合わせると、苦笑ともつかない笑いを零した。

 良も澄も、折り紙つきの雨男(女)である。今までの行事では、基本的に雨が降っていた。それでも、晴れ男(女)が多い時は持ちこたえることもあったのだろう。全ての行事で雨だったというわけではない。でも、小人数でどこかに出かける時、何か大事な用がある時は、決まって雨が降るのである。
「この調子だと、結婚式も新婚旅行も雨なんだろーな」
 何気なく良が呟くと、隣の澄が、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ホントだねっ。あたしたちって、デートの時は絶対に雨だもんね」
「えーっと、それって、OKってことだよね?」
「何が?」
 良の反問に澄はくすくす笑っている。
「東京に戻ったら、宝石店に行ってくれない?」
「いいわよ?」
「給料3ヶ月分とはいけないけど、奮発するから」
 満面の笑顔で、澄はうなずいた。
「順番逆な気もするけど、いいよっ。ゆるしたげる」
 にわかに東京方面が曇り始めたのは、言うまでもないことである。

 来生夫婦は、低潅木と雑草の生えている荒野に立っていた。薄曇りの小雨が、彼らを歓迎していた。
 ここは、サハラと呼ばれる地域である。その緑地化プロジェクトから招待され、年に数回旅行に訪れているのである。無論、無料で。
「すごいね、この間より緑が増えているわ」
「そうだな」
 良もゆったりと歩きながら見て回る。
 結婚して依頼、十年近くも訪れている。その緑地化は良にも感慨深いものがあった。
「子供たちには不評だけどね」
 くすくすと澄は笑う。ここに来る時、子供たちは連れてこれないのだ。
「マイナスかけるマイナスはプラスって、ホントだったからな」
 つられて良が笑う。
 二人の子供は日本でお留守番である。
 今日もお江戸は日本晴れに違いない。
 良は暗いサハラの空を見上げて、微笑みを零した。


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