みゆちゃん専用ザク

 大阪は盛り上がっていた。
 なぜなら、あの阪神タイガースが何十年ぶりかの優勝に王手をかけていたからである。
 おりしも、今日10月5日はマジック1で迎えたダブルヘッダーである。
 ドームを本拠地としないタイガースは、雨で試合をいくつか流し、日程の問題で今日に2試合が組まれることになっていた。
 そして、デーゲームが始まった。

 阪神が優勝に向けて戦いを開始したころ、浪花第3小学校5年3組では、みゆちゃんが辛い戦いを強いられていた。
 みゆちゃんは親の仇を見るように、プラスチックのお皿の端っこに盛り付けられたそれを見ていた。
 お皿の95%はカレーライスが占めている。みゆちゃんはカレーライスは大好きだ。だが、残りの5%がいただけなかった。
「どうしてこの学校はつけあわせにラッキョウなんやろ・・・」
 みゆちゃんは心の中で呟く。福神漬けなら問題ないのに・・・
 みゆちゃんはカレーライスを口に運びながら、ラッキョウを睨み付ける。
「うちが、道の向こうやったら、4小やったのに。4小は福神漬けやって、すみちゃん言うとったな・・・」
 もはや、ラッキョウが気になってカレーの味も分からないみゆちゃんである。
「来生センセェが、好きキライにうるさくなかったら、まだえかったのに・・・」
 みゆちゃんには、もはや最後の手段しか残されていなかった。みゆちゃんはそっとハンカチを取り出すと、ラッキョウをナイナイした。
 なんとかラッキョウとの死闘を(敵前逃亡とはいえ)制したみゆちゃんは、給食室からくず野菜をもらうと、飼育室へと赴いた。みゆちゃんは飼育委員なのである。
 ウサギ小屋、鳥小屋と餌をあげていき、最後にニワトリ小屋へと足を運ぶ。ここにはみゆちゃんが拾ったニワトリがいるのだ。その名も「シャアザク」である。
 名付け親は来生先生だ。赤くて動きが速いから、らしい。みゆちゃんにはその理由はよく分からなかったが、なんとなくカッコイイ感じがして、異論は唱えなかった。
「シャア、ごはんやで」
 ガンダムファンが聞いたら抗議をあげる名前で、みゆちゃんはニワトリを呼んだ。
 呼ばれて出てきたニワトリは、真っ赤であった。どのような突然変異で生れたものか、トサカまでもが角と呼べるようなシロモノであった。
「ふふふ、シャアは食いしん坊やな」
 みゆちゃんの手から屑野菜をいただきつつ、シャアザクは人の言葉が分かるかのようにみゆちゃんの顔を見上げた。
 みゆちゃんがやさしくシャアザクの羽をなでる。
「怪我もすっかりよぅなったな。ほんま、よかったで」
 みゆちゃんが拾った時、シャアザクは怪我をしていた。最初はその赤い羽の色は血に染まったからだとみゆちゃんが思ったほどだ。しかし、もうすでにニワトリの怪我は癒えていた。シャアザクは「みゆちゃんのおかげやでぇ〜」とでも言うかのように一声鳴くと、餌をついばむのを再開した。

 道頓堀に血気盛んな若者が次々に飛び込んでいく。
 宿敵ジャイアンツを破り、見事タイガースが優勝したのである。
 陽の傾き始めた秋の夕暮れに六甲おろしがこだまする。
 しかし、その騒ぎが、大惨事を引き寄せたのであった。
 彼は、忘れられた存在であった。冷たく淋しい水の流れの中で、彼は何十年も横たわり続けた。しかし、彼は思い出した。彼がこの淋しい水の中へ埋もれた日のことを。
 許せなかった。本来なら店頭でお客様を見守っていたはずの自分である。
 お腹を空かせて彼の料理を食べに来るお客を笑顔で迎え入れ、満足して帰って行くお客を笑顔で送り出す・・・そんな彼の生きがいを奪った人間ども。
 許せなかった。かれは全身に力を入れる。
 彼は立ち上がった。彼をこの水の底に沈めた連中に復讐するために。
 そして、大阪の街は紅蓮の炎に包まれた。

「あれは、一体何なんでしょうか。突如道頓堀から現れた真白な人形が、大阪の街を破壊しています!」
 テレビカメラを前に、リポーターのお姉ちゃんが喋っている。その後ろでは、彼が何か粉末を投げつけていた。
 テレビの画面はスタジオに切り替わる。阪神優勝の特番は、そのまま謎の人形による大阪襲撃の特番へと切り替わっていた。
「一体なんなんでしょうか、あの真白な人形は?」
「アメリカの軍事兵器だ」
「巨人軍の陰謀だ」
「自衛隊の秘密兵器だ」
「エヴァンゲリオン初号機だ」
 など、集まったコメンテーターは口々に適当なことを言っている。
 しかし、その中で大阪の歴史に詳しいじーちゃんが、重々しく口を開いた。
「いや、あれはカーネル・サンダースや!」
 どどーん。
 スタジオに衝撃が走る。しかし、アメリカの軍事兵器説を標榜した自称「軍事評論家」が反問した。
「なぜ、カーネルサンダースだと? あんなに白いじゃないか、まさか美白したとでも言うんじゃないだろうねぇ?」
「あれは、前回に阪神が優勝した時に、道頓堀に沈められた奴や! まちごーない。わしが沈めたんや。きっと、数十年たって、ペンキが落ちたんやろ」
 衝撃のジジツであった。
 映像が現地へと切り替わる。大阪の街はスパイスと衣にまみれていた。
 秘伝のスパイスでフライドされた食いだおれ人形やらが、そこいらに転がっている。そして、自衛隊や機動隊も、スパイスと衣によって撃退されている。
「ダメです、再三の攻撃もすべて退けられています。もはや、手がつけられませ・・・きゃーーーー!!」
 飛んできた水でといた小麦粉が、カメラを直撃した。映像がブラックアウトする。

 その頃、浪花3小の飼育小屋には、みゆちゃんがシャアザクに餌をあげていた。
 シャアザクと過ごす放課後、みゆちゃんの至福の時間である。しかし、その時間は軍服の男達によって妨げられた。
「ここにいたのか、N−233号。探したぞ」
「な、なんやの?」
 困惑するみゆちゃんに脇目も振らず、自衛隊と思われる男はシャアザクに語りかける。
「今こそ、お前の力を見せてもらう時がきた。道頓堀で暴れている人形を破壊してくれ」
 ニワトリに無茶なことを注文する男である。みゆちゃんは正気を疑った。
「何いうとるのん? シャアザクはニワトリやで? 人形を破壊なんてできるわけないやん。それに、道頓堀がどうかしたん?」
「お嬢ちゃん、ニュースを見てないのかね? 今、道頓堀では60年前に沈められたカーネル・サンダース人形が暴れていて、壊滅寸前なんだ」
 朗々と東京弁で語る自衛隊員。みゆちゃんはまだ頭上に?マークを浮かべている。
「何いうてはるのん? ケンタッキーの人形が、何で街を破壊できるん? あほも休み休み言うてや」
 その言葉を聞いて、自衛隊員は携帯していたモニターをみゆちゃんに見せた。そこには衣とスパイスにまみれ崩壊していく道頓堀が映し出されていた。
 みゆちゃんは息を飲む。
「わかったかね? もはや、大阪を救うにはN−233号に頼るしかないのだよ。それに、N−233号は食肉用に品種改良された実験体の突然変異体だ。ヤツには因縁もある」
 しかし、シャアザクは首を静かに横に振るだけだった。
「お前をそんな体にしたやつらが憎くないのか?」
 シャアザクに詰め寄る自衛隊員。しかし、シャアザクは首を横に振る。そして、見上げる目には「どっちかっていうと、こんな体にしたのはお前らだ」という意志が込められていた。
「なあ、兵隊のおっちゃん。これ、ほんまの出来事なん?」
 みゆちゃんが自衛隊員の服の裾を掴んで問い掛ける。自衛隊員は重々しく頷いた。
「じゃあ、早く何とかしたってぇな。道頓堀ではお父んが働いとんねん。なあ、頼むわ」
「我々はできるだけのことはやった。しかし、ヤツには歯がたたんのだ。もはや、N−233号に頼るしかないのだ」
 みゆちゃんは、それを聞くと、シャアザクに向き直った。
「シャア、頼むわ・・・傷が癒えたばかりのあんたにこないなこと頼みとうないけど・・・お父んがおんねん。助けたって・・・・」
 シャアザクはみゆちゃんを見上げた。そして、決心するようにうなずくと、一声いなないた。
「コケコッコー」

 シャアザクとカーネル・サンダースの戦いは熾烈を極めた。
 秘伝のスパイス(11種類)と衣攻撃を、巧みなサイドステップでかわすシャアザク。
 しかし、近づくことはできない。スパイスが弾幕となり接近を許さないのだ。
 カーネル・サンダースにとって、にわとりは赤子の手をひねるよりた易い相手だ。しかし、シャアザクは違った。カーネル・サンダースは驚きを隠せない。
「は、速い。通常のニワトリの3倍は速い!!」
 しかし、カーネル・サンダースは慌てない。このままなら、いつかはニワトリの動きも鈍る。それが分かっているのだ。
「あかん、シャアが近寄りきれん。何とかせな・・・・」
 電信柱の陰から心配そうに戦況を眺めるみゆちゃん。しかし、みゆちゃんにはどうすることもできなかった。
 シャアザクは戦法を変えた。無闇に近づこうとするのをやめ、カーネルの右側を重点的に狙う。カーネルはスパイスで迎撃しつつ、時折衣を投げつける。
 その一瞬、シャアザクは大きく右にステップすると、手薄になったカーネルの左側に接近する。
「左舷、弾幕薄いよ、何やってんの!」
 うめくカーネル・サンダース。発言の意味はよく分からないが、多分ノリで発してしまったのだろう。
 しかし、シャアザクの攻撃は致命傷にはいたらなかった。攻撃をして動きの止まったシャアザクへめがけて、カーネルは衣を振り下ろそうとした。
「危ない!!」
 みゆちゃんであった。
 みゆちゃんはシャアザクを突き飛ばすと、地面に転がった。
 その時、ランドセルがみゆちゃんの後頭部を痛打する。その衝撃のためか、ランドセルの鍵をかけ忘れたためか、ランドセルの蓋が開き、中身が散乱する。
 ノート、教科書、筆箱・・・その中に、ハンカチに包まれたものがあった。
 そして、ハンカチがゆっくりと開くと、中身が零れ落ちた。

 ラッキョウであった。

 カーネル・サンダースはそれを見て、動きを止めた。
 振り上げた手をゆっくりと下ろす。
「あいたたた。またやってもうた・・・」
 後頭部を抑えてうめくみゆちゃん。
 そして、ゆっくりと振り返ると、ラッキョウを見て硬直しているカーネルが目に入った。
 カーネルがみゆちゃんに視線を移す。みゆちゃんと目が合うと、カーネルは淋しそうに笑った。
 がっくりと肩を落としたカーネル・サンダースは、静かに歩き出すと、道頓堀へと身を躍らせた。
 沈んでいくカーネル・サンダース。
 見守る人々を見回すと、カーネルは高々と右手を差し上げた。
 親指を突き上げたカーネルの右手が最後に水中に没した。
 大阪は救われた。

 その後、みゆちゃんとシャアザクは大阪を救った英雄として人気者になったが、来生先生には拳骨をもらった。
 ラッキョウを残したのがばれちゃったのであった。


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