「こちら、今日から配属になった来生くん」
「あ、はじめまして。来生良と申しますっ、よろしくお願いします」
真新しいスーツに身を包んだ青年が、深々とお辞儀する。
それを、好ましい視線で眺めながら、挨拶された女性が返事を返す。
「はじめまして。あたしは赤城澄。短大卒で就職したから、2年ほど先輩になるけど、よろしくね」
良は今年の3月に大学を卒業し、そして中堅どころの企業に就職したのだった。
澄は事務員として、短大を卒業した一昨年に就職した。今はバリバリのOLである。
良はこの部署に久しぶりに配属された新人である。そして、今は先輩に連れられて、部署の同僚に挨拶に回ってる、というわけであった。
「同じぐらいの歳の人がいなくて淋しかったんだ。仲良くしてね」
澄が微笑みかけると、良は大いに頷いた。
その2人を見て、先輩が口を挟む。
「をーい、澄ちゃん、俺は近い歳だと思うけどな?」
「この中では、でしょ? 8つも離れてるんですよ? 坂井さん、もう30じゃないですか」
「うぐっ、ヤブヘビだったか」
と、先輩は苦笑する。それを聞いて、良が驚きの声をあげる。
「え? 先輩30なんですか? 全然見えませんよ」
「を、ありがたいねぇ〜。ほら、澄ちゃん、見た目はまだイケテルってさ」
喜ぶ先輩に、良は真顔でトドメをさす。
「いや、もっと上かと」
「お前、結構言うねぇ?」
ずっこけてから、坂井は良を睨む。
「イヤだな、冗談ですよ、冗談」
良はにっこりと微笑む。それを見て、澄は大笑いする。
その笑いに、良も坂井もつられて笑った。
部署で開いてくれた歓迎会で、良と澄は出身地の話で盛り上がった。
同い年の彼らは、出身地も近かったのだ。ひとしきり地元ネタで盛り上がった後に、お互いに好きなタイプの話になった。
「やっぱり、女性は色白が一番ですよねー。俺が高校の頃はヤマンバメイクの流行った頃でさ、みんなガングロで正直まいったよ」
(ドキ!)
ひきつった笑いを浮かべながら、澄は相槌を返す。
しかし、良は酔ってるからか、暗い店内だからか、澄の顔が強張ってるのには気付かなかった。
「赤城さんは色白くていーですよねー。高校の頃も色白だったんでしょ?」
「え、ええ、まあね」
(言えない、怖いぐらいのヤマンバメイクだったなんてっっ!!)
たらーーり、と澄の額を冷や汗が伝う。
「当時の女友達とかと会うと、シミとかすごいもんな。美白に苦労してるみたい、みんな」
「そ、そうみたいね」
自分の鏡台の前の美白グッズを思い浮かべながら、澄は苦笑する。
(だいぶ、好感を得たカナ?)
鈍感な良は、澄の苦笑に気付いていない。澄がめちゃくちゃ好みであった良は、色白の澄を持ち上げたつもりだったのだ。確かに色白美人が好きではあるのだが。
(このままじゃまずいわ!)
澄は、話題の転換を行う必要性を感じた。これ以上過去の自分に興味を持たれても困る。昔の写真を見せて、なんて話になったら大事だ。
澄の方でも、良はど真ん中のストレートだったのである。
「あたしはね、誠実な男性がいいわね。男のクセに化粧したりとか、眉毛そろえたりだとか、髪を染めたりするような人はダメよね」
(ぐはっ!!)
今度は、良が冷や汗を流す番だった。
「渋谷系とかって言ってたけどさ、芸能人じゃないんだから、って感じよね」
「あ、ああ、そうだよね」
(絶対に知られちゃいけない! 赤髪に3連ピアスの渋谷系だったなんて!!)
今ではスーツのよく似合う、誠実が服を着たかのような黒髪短髪の良だが、当時はバリバリの渋谷系だったのだ。
「なんていうの? 時代に流されずに自分のスタイルでいるってのは重要だよね」
((ぐさぐさぐさぐさ))
言われた方の澄も、行った方の良も深い傷を負った。しかし、2人は何事もなかったかのように笑みを交し、酒宴は終焉したのであった。
2人はごく自然に付き合うようになっていったが、お互いに過去については口を開こうとはしなかった。最初の飲み会でお互いに懲りていたのである。
しかし、2人とも、お互いになにかが記憶にひっかかっていたのである。
((どっかで聞き覚えのある名前なんだよね・・・・))
良も澄も、2人とも自宅でで同じことを考えていた。
((いつだったか・・・・))
2人は、封印した過去の写真を掘り起こす。大学(短大)時代の写真・・・高校時代の写真・・・。
そして、2人は同じ写真を手にして、つい叫んでしまった。
「ああーーー、あのたまりらっきょう女!!」
「あっ、あのニワトリトサカ男!!」
手にした写真は、高校の頃に合コンで撮ったものだった。
そこには友人とともに、若かりし頃の2人が映っていた。
あの時、お互いに第一印象最悪だったことを、笑い話にできるだろうか?
当時の2人には、こんな関係になることなど、全く予想だにしなかったことだった。