私の貴方のイヤなトコ


 私、彼のことは大好きなんだけど、どーしても許せないトコが2つだけある。
 1つめは、セロリを生で齧るトコ。
 あたし、セロリってだめなのよね。あの青々した感じが。臭いだけで×。
 2つめは、競馬。
 賭け事からして嫌いな私にとって、自分の力ですらなく、他人が走らせる馬の順位を予想してお金を得ようだなんて、間違ってると思う。
 それに、ちっとも当てないしさ。
 そんな馬にお金をつぎ込むぐらいだったら、アクセサリーの1つでもプレゼントしてくれればいいのに。

 でもまあ、私は良くんのこと大好きだから、少し位は大目に見てあげることにしてる。
 セロリの方は、人の好きなものを食べさせないっていうのも悪いから、許してあげてる。だけど、セロリ食べた日はキスしないけどね。
 そして、競馬の方は、良くんのたっての願いで、一緒に競馬場に行くことに決めたのだ。
「ねえ、澄。1回でいいから、とにかく一緒に競馬場に行こうよ。そうしたら、どうしてボクがこんなに競馬が好きか分かるから」
 っていうのが、良くんの口癖なのね。
 で、これを言われつづけるのがイヤだし、良くんがどうしてそんなに好きなのか、分かるのはいいかな、とも思ったし、分からなければ本当にやめさせられるし、というのが私の気持ち。

 天気のいい日曜日、私は良くんに連れられて競馬場にやってきた。
 競馬って、赤いペンを耳に挟んだおじさんがやるものだって思ってたけど、その認識は随分古かったみたい。良くんにそう言ったら笑われた。今はおじさんたちも多いけど、それ以上に若い人が多い。あたしと同世代の女性も結構いて、びっくりした。
 それに、学生ぽい人もいる。えーっと、競馬って学生はやっちゃいけないんじゃないの?
 良くんに聞いたら、返事はこうだった。
「ああ、馬券は買えないけど、競馬場には来てもいいんだよ。もっとも、確認したりしないから、学生も平気で馬券買ってるけどね」
 なるほど。
 競馬場に入ると、良くんは競馬新聞を片手に、あたしを馬券売り場に連れていった。
「やっぱり、馬券は買わないとね。100円でいいからさ。買うのと買わないのとだと、面白さがゼンゼン違うよ」
「でも、あたし、馬のこと全然分からないわよ」
 そう。あたしが知ってる馬の名前といえば、オグリキャップとトーカイテイオーぐらい。その2つだって、UFOキャッチャーのぬいぐるみで知った名前だし。
「そういう時はね、数字で選んだり名前で選んだりしてもいいんだよ。下手に情報仕入れて読むより、当たったりするんだよ。ビギナーズラックもあるしね」
「それじゃあ、あたしの誕生日にしよっかな」
 あたしの誕生日は9月7日。だから、9−7にしてみようかな、って9−7なんてないよ?
「ねぇ、9−7ってないの?」
「ああ、えーっと単賞と、枠番と馬連ってのがあるんだ。単賞ってのは、1位になる馬を予想するもので、配当が低めなんだな・・・」
 と、良くんは賭け方について教えてくれた。あたしは、馬連っていうので7−9を買った。馬複っていうのができれば、9−7ってのもあるらしい。まあ、とにかく7番と9番の馬が1位と2位をとればいいっていうのが分かった。
 今日はG1とかいう大きな大会はないそうだけど、それでも観客席はいっぱいだった。私は良くんに連れられて、パドックというのを見に行った。そこではレースを走る馬が、今日の調子を見せるために歩くらしい。あたしが馬券を買った7番と9番の馬は、元気がありそうだった。それに、こんなに近くでサラブレッドを見るのは初めてで、その馬の綺麗さに感動した。肉体美っていうか、筋肉美っていうか。馬って綺麗よね。
 その後、またメインの観客席の方に戻った。いよいよレースが始まるみたい。さっきパドックを歩いていた馬たちがゲートに入っていく。
 レースが始まった。あたしにはレース展開とかそういうものは分からない。でも、10頭もの馬が一斉に走っていく様は壮観で、電光掲示板に映し出される映像と、向こう正面を走る馬影とを交互に見ながら、すっかり馬券を握り締めてしまっていた。
 そして、馬群がばらつき始め、最後に左手のコーナーを回ると、あたしの目の前にあるゴールめがけて、最後の直線を馬達が走ってくる。
 あたしの応援している7番と9番の馬は、最初は真中ぐらいにいたんだけど、1頭は馬群をつっきって、1頭は横に飛び出て、他の馬をゴボウ抜きにしていく。そして、中盤からずっとトップだった馬にゴールすれすれで追いつくと、3頭同時にゴールに飛びこんだ。
「ねぇねぇ、今のどうなった? 7番と9番かな」
 私はすっかり興奮してしまって、良くんのシャツをつかむと、歓声とため息の渦の中、声を大きくして訊ねた。
「んー、どうかな。今写真で確認してると思うけど・・・もしかしたら7−9かもね。3番は最後に失速したし」
 良くんは肩を落としている。どうやらはずれたらしい。あたしはどきどきしながら結果が出るのを待った。4着以下が確定していく中、なかなか1〜3着が確定しない。
「当たるといいよな、当たると、それ、万馬券だぜ」
 良くんがドキドキしてるあたしの肩を抱きながら言った。その目は、本当に当たればいいな、と言っていた。
 固唾を飲んで見守ると、とうとう確定したみたいで着順が出た。
 なんと、1位が9番で2位が7番。やった!! 当たった!!
 配当は馬連で12530円。って、どういうこと?
「すごいじゃん、澄。万馬券だよ。100円が12530円になったんだ!」
「え、これが、1万円?」
 私が馬券を見せると、良くんは頷いた。


「なあ、澄、また競馬?」
 あたしが、本棚の下に並んでいる百科事典を1冊ずつ下に向けてバサバサやっていたら、良くんが訊ねてきた。
「そうよぉ。明日は桜花賞じゃない、忘れたわけじゃないでしょ?」
「いや、そりゃもちろん忘れてないけどさぁ」
 ぶつぶつと、良くんは口の中で呟いている。
 あたしはそんな良くんの相手もそこそこに、端から百科事典をひっくり返すのに余念がない。
「おっかしぃなぁ。どの巻にしまったっけ・・・」
「なあ、澄。もしかして、もうそのへそくりに手をつけないといけないとこまで来てるのか?」
「ん、まーね、手持ちがね、ちょっとなくてさ」
 何となく良くんが天を仰いだ気配を感じたが、あたしは次の百科事典を取り出す。
「競馬にばっかり金をつぎこまないでさぁ〜。結婚資金だってためなきゃならないし、たまには俺にネクタイの1つでも買ってくれてもいいだろーに・・・」
 なんか、どっかで聞いたような独り言が聞こえてきたので、あたしは7巻から出てきた福沢諭吉を手に取ると、言ってやった。
「だーいじょうぶだって。これで万馬券取るからさっ」


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