果たして殺人か


 すちゃらか署刑事課に不審な死体発見の一報がまいこんだ。出動である。

 その死体は、競馬場のそばにある公園で見つかったという。
 死体の発見者は、通報の後、軽い事情聴取を受けて帰っていった。
 敏腕刑事である来生良は、検死の結果を聞きに、検死官を訊ねに行った。

 コンコンと、開いてるドアをノックして、良が検死室の入り口に立っていた。
「おいおい、いいのかい、開けといて。外まで臭いがもれてるぞ。しかし、すごい臭いだな」
 顔を顰めて、良が検死官に訊ねる。女性検死官であるところの赤城澄は、にっこり笑って答えた。
「だって、閉めてるとすっごく臭かったんですもの」
「で、何かわかったかい?」
 部屋に入ってきながら良が問う。が、その声は明らかに鼻で息をしていないためにくぐもった声になっていた。
「まあ、ちょっと変わったところはあったけど・・・ここに長居したくはないわね、場所を変えない?」
 この澄の提案に、良は頷いた。
「ああ、そうしよう。食堂でいいかな? たいして美味しくもないコーヒーだけど、ご馳走するよ」

 場所は変わって、すちゃらか署の食堂。安いけど美味しくないコーヒーを前に、二人は席についた。
「さて、その変わったところ、ってのを聞こうか?」
「そうね、まあ、死因は窒息死で間違いないんだけど、その原因というのがね」
「ふむ?」
「胃を開いてわかったんだけど、びっしりと詰まってたのよ」
「詰まっていた?」
「そう」
「何が?」
「臭い嗅いでわからなかった?」
「俺には死体の臭いが強くて嗅ぎ分けられなかった」
「ふーん、じゃあ、教えてあげる。セロリよ」
「セロリ?」
「そう」
「えーっと、セリ科の植物で、原産地は南ヨーロッパで・・・」
 と、良のセロリに関する蘊蓄はセロリの学術的な事柄から、セロリの歴史、セロリを使った料理から、野菜嫌いのお子様にいかにセロリを上手く食べさせるかという調理法までに及んだ。
「・・・・さすが、ウォーキングディクショナリー、歩く百科事典と呼ばれているだけのことはあるわね」
 澄が感嘆するのも無理はない。なぜなら、つい良の述べた蘊蓄をメモってしまっていたからだ。自分にはセロリ嫌いの子供などいないのに。
「で、そのセロリがびっしりと詰まっていた?」
「ええ、マヨネーズとイッショにね、隙間なく」
「隙間なく?」
「そう」
「マヨネーズとイッショに?」
「イッショに」
「・・・・・・」
 良はそれを確認すると、大きく頷いた。
「なるほど。では、セロリを喉につめて死んだんだろうな、きっと」
「まあ、そう予想できるわね」
「じゃあ、これは事故死だな」
「誰かが無理矢理食べさせたってことはないの?」
「いや、こういう証言が得られたんだ」
 その証言とは、死んだ男の知り合いの言った証言だった。
 曰く。
 死んだ男は競馬好きで、大好きなセロリ代をけちってまで、競馬に金をつぎこんでいたという。そして、その男には口癖があったという。
「いつか、万馬券を当てて、死ぬほどセロリを食べてやる」
 と。

「まあ、ホントに死ぬまで食わなくてもいいと思うんだがな・・・」
 良の呟きに、澄は頷いた。
 セロリ好きではあるが、作者も頷きたい。
 全くもって、もっともである。


戻る