藤棚姫殺人事件


 すちゃらか署刑事課に殺人事件の一報がまいこんだ。出動である。

 当初は病気による急死かと思われていたが、検死の結果青酸反応が出たのだ。よって、毒物による殺人事件と判明した。
 被害者は赤木澄。22歳。大学生である。
 第一通報者は堺美子。22歳。同じく大学生。ガイシャの友人であり、同じサークルに所属。
 今までに判明している事件の概要は以下の通りである。

 当日、美子は澄の家に遊びに行っていた。そこで、美子が買っていったりんごジュースを飲んだところ、急に澄が苦しみだしたのだという。
 美子はすぐに119したが、電話をかけたころにはすでに澄はこときれていた。
 美子が持ってきたりんごジュースからは毒物反応はなく、澄のコップにも毒物反応はなかった。また、コップには澄の指紋しかなかったという。
 そのため、当初は自殺の線で捜査もすすめられたが、すちゃらか署が誇る敏腕刑事である来生良は、堺美子が犯人であると断言し、重要参考人として引っ張ってきた。
 これから、自白に持ち込むと意気揚揚で取調室へと足を運んだ。

「犯人は貴方ですね?」
 良は単刀直入に切り出した。
「は、はぁ? 何てことを言うんですか?」
「とぼけたってムダですよ、分かっているんですからね、こちらには」
「しょ、証拠はあるんですか? 第一通報者をまず疑うなんてのは、ナンセンスですよ」
 美子は気色ばむが、良は動じない。
「もちろん、証拠をお見せしますよ」
 良は部下に何事かを命じる。部下は頷くと取調室を出て行く。それを見ていた美子は不安に駆られたようだが、挑戦するように口を開いた。
「大体、どこからも薬物は見つからなかったのでしょう? 澄が自分で服毒したんじゃないんですか?」
「わざわざ自殺するのに、人の前でしますか? それも、貴方が疑われるように。恨みでも買う覚えでもあるんですか?」
「い、いや、そんなことはないですけど・・・」
 良のつっこみに狼狽する美子。
 そこに、先ほどの警官が証拠品を持って登場した。
「いやぁ、澄さんが几帳面な方で助かりましたよ」
 そして、ストローの沢山入った袋を取り出してみせる。
「これは、澄さんの家にあった未使用のストローです。そしてこれが」
 と、同じように証拠品を入れておく例のビニールからレシートを取り出す。
「澄さんがこれを買ったときのレシートですな」
 レシートには買った日付と店名とストローの記述があった。
「店員にも確認しました。確かにこの女性はこの店の常連だったみたいですね。まあ、美人な方だったから、店員もよく覚えていましたよ」
「・・・・何がおっしゃりたいのです?」
 美子が本題を切り出さない良に苛立ったように先を促す。
「まあ、お待ちください。次にこれが彼女の家のごみ袋から出てきたストローです」
 出てきたストローは3本。
「このストローは30本入り。で、未使用のストローが26本。計算が合わないですね?」
「その前に使ってゴミに出したんじゃないですか? 大体、ストローに何の関係があると・・・」
 良はその言葉に頷くと、
「残念ながら、このストローを買った日から、彼女が死ぬまでの間に燃えないゴミの回収はなかったんですよ。彼女の几帳面な性格からすると、1本だけ燃えるゴミに出すとは思えないですし」
「ですから! それと私と何の関係があるんですか?」
「ストローは口に入れるものですよねぇ。口のところに青酸カリを塗っておけば、どうです?」
 にこやかに良は言ってみせる。
「そして、あの場でそれができるのは貴方だけ。貴方が証拠を隠滅したと考えれば、数が合わないのも納得できますよ」
「で、でも、それは状況証拠じゃないですか? そのものがなければ・・・」
「まあ、そうなんですけどね・・・だから、あなたに聞いているのですよ、犯人ですよね?」
「・・・・大体、あたしには動機がないわ、それはどう説明するのよ!」
「それに関しては、聞き込みで分かったんですけれど、確認していただいていいですか?」
「ええ、もちろんよ。あたしには動機なんてないんですから」
 良はそれを聞いて頷くと、懐からメモ帳を取り出した。
「あなたは赤木澄さんとは大学の演劇サークルで一緒ですね?」
「はい」
「赤木澄さんはそのサークルでは主役を張ることは多く、貴方は脇役に甘んじていることが多い。これも間違いないですね?」
「脇役がしっかりしていないと、劇は面白くならないものよ」
「美容整形、エステ、化粧講座などを受けていますね?」
「・・・・ええ、まあ」
「サークルで一番可愛いと赤木澄さんが言われていたということも知っていますね?」
「・・・・・・・・はい」
 辛そうに美子は認める。
「赤木澄さんが、藤棚姫と仲間内でよばれていることも知ってますよね? まあ、何ていうセンスでつけられた名前か知りませんが」
「ええ、まあ。あの子が藤色の服を好んでたからついた名前ですけど」
「ああ、なるほど」
 良は頷いてから、後を続ける。
「あなたに、男と住んでいるんじゃないか、って噂がたってたのは知ってます?」
「いえ、初耳ですけど? そんな事実ありませんし・・・なんでかしら」
「いやね、あなたに電話した時に、電話の向こうで男の声がしたっていう人がいたんですよ。まあ、その時にその男が藤棚姫がどうこう言っていたらしいですけどね」
「・・・・・・・・・・・・」
 美子は無言でうつむく。
「さて、では、貴方に動機があることを証明してくれる方に登場していただきましょう」
 良が合図すると、部下の一人が中世ヨーロッパ時代のものと思われるアンティークの鏡を持ってきた。
「!!」
 美子はそれを見て、目を瞠る。
「今、家宅捜査礼状を取って、貴方の家から持ってきた鏡です。見覚えはありますよね?」
「・・・・・・・・・・・はい」
「では、聞いてみましょう。以前あなたがやっていたようにね」
 そして、良はその鏡を前にすると、呪文のように唱えだした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。○○大学の演劇サークルで一番美しいのはだぁれ?」
 すると、鏡は怪しい光を発したかと思うと、美子の姿を映し出した。
「それは堺美子だ」
「では、鏡よ鏡よ鏡さん。10日前だとどうですか?」
「それは赤木澄だ」
 今度は、鏡は赤木澄の姿を映し出した。
「・・・・・分かったわ、もうやめてよっ!」
 美子は悲鳴をあげるかのように、吐きすてる。
「そうよっ、あたしがやったのよ。たいして演技もうまくないくせに、可愛いだけで主役をやって、もてはやされてっ。あたしがどんなに美しくなろうと努力したって、演技を勉強したって、だた親からもらった顔でもてはやされるなんて、許せなかったのよっ!!」
 良は、満足したように席を立つと、部下に命じた。
「自白、聞いたね? では、逮捕して」

終わり


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