戯れ言2

〜ゆけ、トライセラー〜

 西暦20XX年。地球は未曾有の危機にあった。遠い宇宙より飛来した異星人が地球の侵略を宣言。数々の戦闘ロボットを世界各地に進撃させたのだ。
 ここ、東京でも、多くの被害が出ていた。
 しかし、悲嘆にくれるのはまだ早い。東京には、彼らがいた。サエジマ工学研究所の所長、冴島光輝(62)と、パイロット来生良(21)である。
 そして、またもや敵ロボットが東京に現れた。来生はハンガー(格納庫)へと急いだ。そこでは、新しいロボを開発した冴島博士が待っているはずだ。

○その一

 良がハンガーに到着すると、巨大ロボットを前にして、胸をはる冴島博士の姿を見つけた。
「来生くん、待たせたな。ようやく新ロボットが完成したぞ。名づけて、トライセラーだ」
「どういう意味ですか?」
「さあ? まあ、名前の由来などいいではないか。そもそも由来の分からない名前をつけるのが慣例みたいなもんじゃないか。ともかく、早速乗り込んでもらおう」
 冴島は良をともなってタラップを上がる。そして、トライセラーの胸の辺りにくると、入り口を示し、良を促して中に入る。
 トライセラーのコクピットは、半径3mの円形の空間だった。良は、ドーム上になっているこの空間を見渡した。どこにも操縦桿らしきものは見当たらない。
 口を開こうとした良の機先を制して、博士が説明を始めた。
「来生くん、まずはこれをつけてくれ」
 赤い丸い玉が各所につけられたスーツを、来生は受け取る。頭の上に「?」を浮かべながらスーツを着用する間も、博士は説明を続ける。
「このロボットは、モーション・キャプチャーを利用して、君の動き通りに動くのだ。そこに生じるタイムラグは1万分の1秒ほど。体感としては気にならないはずだ。また、このコクピットはジャイロセンサーの働きにより、常に地上にたいして平行になるようになっている。また、ロボットの動きが君に伝わることもない。ロボットの腕が折られようとも、君の体は無事ってことだ」
「スゴイじゃないですか、博士」
 良は、尊敬の眼差しを博士に向ける。博士は満足そうにうなずくと、コクピットを出ていった。
「さあ、早速、敵ロボットをやっつけにいってくれ」

 全高18mのトライセラーが、地上にカタパルトで搬出される。
 身長180cm、つまり、トライセラーの10分の1の縮尺の良は、敵が暴れる場所へと、足を進めた。
 しかし、30mほど進んだところで、トライセラーは立ち止まってしまった。コクピットの良が、壁に行き当たったからだ。
 良は試しにその場で足踏みをしてみた。トライセラーもその場で足踏みをした。
 良は、後ろに下がってみた。トライセラーも後ろに下がった。

 トライセラーが半径30mの空間でじたばたしてる間に、東京は灰塵と帰した。

○その二

 良がハンガーに到着すると、ロボットの姿が見えないハンガーを前にして、胸をはる冴島博士の姿を見つけた。
「来生くん、待たせたな。ようやく新ロボットが完成したぞ。名づけて、トライセラーNだ」
「Nがついたんですか。で、肝心のロボットはどこに?」
 良はきょろきょろと当たりを見回す。
「ふふん。まあ、見えないのはしょうがあるまい。ところで、Nの意味を知りたくはないかな?」
「ええ、興味ありますけど」
「その前に、今回の敵ロボットは分かっておるかね?」
 博士は、焦らすように、良に訊ねる。
「ええ、何でもナノマシンとか。で、ナノマシンとは何なんですか?」
「ナノマシンとは、とっても小さいマシンのことだ。1ナノとは、10の12乗分の1。つまり、10の12乗分の1mのマシンってことだ。今、そいつらが、人間の体内に侵入し、内部から人を殺すという暴挙に出ているのだ」
 その言葉に、良は驚きの声を出す。
「ど、どーやって、倒せっていうんですか、それを」
「そこで、トライセラーNの出番なのだ。トライセラーNはナノマシンなのだよ!」
 どどーーん。効果音を伴った博士の言葉に、良は期待に胸を膨らませる。
「さあ、今こそ、トライセラーN、つまり、トライセラーナノの出番だ。来生くん、早速乗り込んでくれたまえ!」
「・・・・・・」
「さあ、来生くん、早く」
「・・・・・・」
 動こうとしない良に、博士は焦れた視線を向ける。
「どうした? 今更怖じ気づいたのかね?」
「・・・・博士? で、トライセラーNはどこに?」
「そこに」
 博士はハンガーの上を指差すが、良の目には、何かあるようには見えない。
「私にはよく見えないのですが、そこに確かにトライセラーNはあるのですね。で、そんな小さいものに、どうやって乗り込め、と?」
「・・・・・」
「博士?」
「・・・・・」
「博士ってば」
「・・・・・しまった。パイロットのサイズを考慮に入れてなかった・・・」

 パイロットのいないトライセラーNは、塵に等しかった。この日、東京は壊滅した。

○その三

 良がハンガーに到着すると、下り階段を前にして、胸をはる冴島博士の姿を見つけた。「来生くん、待たせたな。ようやく新ロボットが完成したぞ。名づけて、トライセラーGだ」
「今度はGですか・・・で、どういう意味ですか?」
 疲れたような顔で、良が訊ねる。
「ふふん。見れば分かるよ。さあ、ついてきたまえ」
 冴島博士は良をともなって階段を降りていく。
 そして、階段を降りきったところで、良は眼を疑った。目の前には広大な地下空間が広がっていた。そして、そこには見渡す先まで、鉄の固まりが存在しているのだ。
「これが、トライセラーGだよ、来生くん」
「GはジャイアントのGですか・・・」
 良は、疲れた声を出した後、さらに言葉を続けた。
「それで、どうやって地上に出るんですか? ハッチを作り忘れたなんて落ちじゃないでしょうね?」
「馬鹿にしてもらっては困るよ、来生くん」
 冴島博士は憤慨した声を出す。
「いくら私でも、そんなくだらないミスはしないさ、さあ、乗り込んでくれたまえ」
 そういって、冴島博士は眼下のトライセラーGのボディに飛び降りた。良も後に続く。
「トライセラーGは全高1km。まさに史上最大のロボットというにふさわしい。今度の敵ロボットはたかだか全高100m程度というではないか。巨大といっても、まだまだだな」
 冴島博士はそう言って胸を張る。
「ま、まあ、そうでしょうねぇ」
 眼下の強大な鉄の固まりに眼をやりながら、良はこたえる。彼は、不吉な予感を覚えずにはいられなかった。
 冴島博士は何やら足元のスイッチをいじると、入り口を開く。
「さあ、ここに飛び込んでくれたまえ、スライダー方式で、君をコクピットまで案内するから」
 良は頷くと、入り口に飛び込んだ。何はともあれ、地上で暴れている敵ロボットを退治しなくてはならないからだ。
 すべりおりた良がコクピットに到達すると、冴島博士からの無線が届いた。
「よし、ハッチを開くぞ」
 ぽちっとな。
 冴島博士がボタンを押すと、天井がごごごごごごごと開き始めた。
 トライセラーGに崩れた建物が落ちてくる。
 ハッチが開ききった時、トライセラーGが上体を起こすと、眼の前には1km四方の穴が空いていた。そして、そこにあった家はすべてトライセラーGのカタパルトに崩れ落ちていた。
 罪悪感を感じながら、良はトライセラーGを地上に上がらせる。トライセラーGが地表を踏みしめる度、震度6以上の揺れが東京を襲った。

 その日、東京はトライセラーGによって壊滅した。

○その四

 良がハンガーに到着すると、ロボットの姿が見えないハンガーを前にして、胸をはる冴島博士の姿を見つけた。
「来生くん、待たせたな。ようやく新ロボットが完成したぞ。名づけて、トライセラーSだ」
 良は軽いデジャヴを覚えたが、とりあえず聞いてみた。
「で、Sは何の略ですか?」
「ふふん。Sはステルスの略だ」
 冴島博士は自信を持って答える。
「なるほど、それで見えないんですね?」
 良が感想を口にすると、冴島博士は驚いた声を出す。
「な、何? 来生くん、君にはトライセラーSが見えないというのかね?」
「ええ。全くさっぱり見えませんが」
「な、何ということだ・・・」
 冴島博士はがっくりと肩を落とす。
「世界最後の希望たる来生くんが、そんな男だったとは・・・」
「は?」
 良は冴島博士の落胆ぶりに、間の抜けた声をあげた。
「来生くん」
 冴島博士が改まった声で説明する。
「トライセラーSはな、心に邪悪なトコロのある者には見えないようになっているのだよ。地球を侵略しようなどという輩には、つまり、見ることはできないというわけだ。しかし、来生くん、君まで邪悪な男だったとは・・・」
(・・・・王様の耳はロバの耳、か)
 それは違うぞ、良。
(いや、この場合、王様の耳はロボの耳か)
 そうそう、サイバネティクス技術の粋を集めて、って違うってば、良。
 それに、王様の耳が別にロボの耳でもいーじゃんか。
 それを言うなら、裸の王様だろうに・・・
「い、いやだなぁ、博士。バッチリです。バッチリ見えてますよ」
「何だ、冗談かね。ビックリさせないでくれよ、来生くん」
 冴島博士はほっと胸をなでおろす。ただ、額にはだらだらと汗をかいていた。
「ええ、立派なボディですね。胸のあたりがカッコイイですよ」
 そして、良はハンガーへ近づく。
 冴島博士は、それをすっと遮るように前に立ち、
「ところで来生くん。トライセラーSのボディはこの色で良かったかな?」
(そ、そう来たか・・・)
 良は内心の焦りを隠しつつ、
「もう少し青っぽくてもいいと思いますけどね」
「何? 青? トライセラーSは赤いのに、なぜ青っぽくしろと?」
「そうすると、紫がかっていいじゃないですか」
 良は一歩、歩を進める。負けじと冴島博士も質問を投げかける。
「武器はあれだけで足りるかな? 他にいりようなものはないかね?」
「そうですね。まあ、いいんじゃないですか? 敵からはこっちが見えないんだし、素手でいいぐらいですよ」
 良は勝ち誇った笑みを浮かべると、また一歩、足を踏み出す。

 新型ロボットを作り出せなかった冴島博士と、その責任転嫁を受けたくない良との、ハンガー前でのやりとりが延々と続いている間に、東京は壊滅した。

○その五

 良がハンガーに到着すると、3機のロボットを前にして、胸をはる冴島博士の姿を見つけた。
「来生くん、待たせたな。ようやく新ロボットが完成したぞ。名づけて、トライセラーTだ」
 義務感にかられて、良は冴島博士に訊ねる。
「Tは、何の略なんですか?」
 冴島博士は自信満々といった風に微笑むと、胸を張って答える。
「Tはトリオの略だよ、来生くん。まあ、見ての通りだがね」
「なるほど・・・安直なネーミングですね」
「ま、まあな。しかし、まあ、合体はロボットの醍醐味だよ」
 冴島博士はうんうんと頷く。
「合体するんですか、それはすごいですね」
 良の声のトーンが跳ね上がる。良も合体ロボには憧憬の念があったらしい。
「でも、だったらトライセラー3でも良かったんじゃないですか?」
「いや、良くん。3は色々と使われているからね、ここは少しでも独自性を出さないと」
 良は冴島博士の言葉に頷いていたが、はたと気づいた。
「と、ところで博士。パイロットはどうするんです? ここにはパイロットは僕しかいないんですが」
「ふふん、来生くん、それにもぬかりはないよ」
 冴島博士は自信満々に答える。そして、3体のロボットを眺めて、説明を始める。
「どうだね、来生くん、このロボットたちは・・・」
 冴島博士は陶然としながら、中央のロボットの前に歩み寄る。
「これが、トライα。合体時は頭部及び胸部、腕部になるロボットだ。つまりトライセラーTの中心と言ってもいい。単体時でも、その高機動力で十分戦えるぞ。これには来生くんに乗ってもらう」
 冴島博士の説明を聞きながら、良は目を光らせる。
「・・・すごいですね、博士。俄然やる気が出てきましたよ」
「そうだろうとも」
 冴島博士はうなずいてから、今度は右側のロボットに歩み寄る。
「これが、トライβ。合体時は腹部及び腰部となる。つまり、トライセラーTの心臓部だな。とにかく頑丈でパワーが強い。これには、私自ら乗り込む」
 良は冴島博士の言葉に、驚きの表情を隠せない。
「えっ? 博士自らですか? 大丈夫ですか?」
「何を言ってる、来生くん。まだまだ若いものには負けんよ。それに、こいつのことは、わたしが一番熟知している。大丈夫だとも」
「あまり無茶はしないでくださいよ」
「勿論だとも。私だって命は惜しいからな」
 そして、博士は今度は左側のロボットの元へと歩いて行く。
「最後に、これがトライγだ。これはトライセラーの脚部となる。合体時にはトライセラーTの体を支えることになるから、勿論頑丈にできている。また、脚部ということで可動部位も多いため、設計には一番苦労したよ」
「それで、こいつには誰を乗せるんですか?」
 良は首をかしげる。他には誰も心当たりはない。
 そんな良を眺めて、冴島博士は「ふふん」と笑うと、君のことを指差した。
「こいつには、あの方に乗っていただく」
 ?マークを頭の上に浮かべながら、良は振り向く。そして、君の顔を見ると、納得したように頷いた。
「なるほど。盲点でした。確かに、あの方ならば大丈夫でしょう」
「よし、では乗り込むぞ!!」

 良と冴島博士は、トライαとトライβにそれぞれ乗り込んだ。さあ、あとは君の番だ。東京が壊滅の憂き目から逃れられるかどうかは、全て君の双肩にかかっている。

<おそまつ>


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