異界の門


プロローグ

 1999年7月。
 世間では「ノストラダムスの預言」について騒いでいる時期。アンゴルモアの大王による人類滅亡は生じなかったが、日本国東京にて「ソレ」は起きた。
 江戸城跡――つまりは皇居にて異変は始まった。最初に気付いたのは皇居付の宮内庁の役人だった。
 皇居の一隅を歩いていた彼は、まず、自分の目をこすった。しかし、それは見間違えではなかった。陽炎のように空間が揺らめいている。そして、その揺らぎの向こうには見たこともない景色が広がっていた。
 彼が見たこともないような植物の群生である。彼は近づいていき、そしておそるおそる揺らぎに手を入れてみた。
 何も変化はない。思い切って彼は頭を入れてみた。そして、彼は驚愕したのだ。慌てて揺らぎから頭を抜くと、彼は上司へと報告へ赴いた。
 揺らぎの向こうには見たこともない景色が広がっていた。広大な平原と遠方には山。薄暗い太陽と赤紫色の空。彼が地球人で初めて異界を見た人間となった。

 揺らぎについて、政府は秘密裏に検討を重ねた。場所が皇居内ということが幸いした。一般市民に知られずに事を進めなくてはならない。かの地はもしかしたら新天地になるかもしれなかった。
 地下資源に乏しい日本において、エネルギーの新たな供給地になれば・・・
 様々な思惑が去来した。彼らは特別な調査隊を設けてかの地――異界へと向かわせた。そして、政府は悟ったのだった。異界に進出することはかなわない、と。
 調査団は壊滅し、ただ1人が逃げ延びた。彼は、異界には地球とは全く違う生態系が存在しており、そして異界の生物――異生物は獰猛で、怪物であると報告し、息を引き取った。
 その後、政府は異界とをつなぐ揺らぎ――門を監視することにした。門から異生物が現れては大変なことになるからである。

 政府は秘密裏に事を進めるつもりだった。しかし、そこに誤算が生じた。門は皇居だけとは限らなかったのである。安定して常時開いている門は、確かに皇居内にしか存在しないようだった。しかし、突発的に開く門は東京各地に存在するようだった。
 相次いで神隠しの事例が報告された。そして、一番おそれていたことが起きたのだ。異生物がこちらに現れてしまったのである。
 想像はしていた。そして、一応備えてもいた。政府は自衛隊を向かわせ、そしてその異生物を何とか退治した。国民は黙っていなかった。政府に説明を求めた。政府は姿勢を変えずにただ繰り返した。
「現在調査中のため、公表できる情報はない」と。

 神隠しと異生物の闖入が起こる中、一つの転機が生じた。異界の人間との接触である。異界にも人がいたのだ。地球人が相手にした初めての異種知的生命体は、宇宙人ではなく異界人であった。
 異界人は高い文明を持っていた。しかし、その質は地球とは異なっていた。彼らはエネルギー消費することでなりたつ機械文明ではなく、自然と一体となって高い文明を築いていた。
 その根底にあるのは、未知のエネルギーの存在だった。
 神気、霊気、運気、地脈、エーテルなど、空気中や土地にエネルギーが在るという思想は地球にもあった。そして、異界ではそのエネルギーが地球よりも遥かに多かったのだ。
 通称をマナと呼ぶそのエネルギーを、異界人は有効に扱うことができるのだった。そして、異界の生物は基本的にマナを必要として生きている。太陽の力が地球よりも薄い異界において、マナこそが生命の源であった。
 異界人――アルビノと呼ぶほどの白い肌に白髪、そして赤い目をした人々は、こちらとの和睦を求めてきた。そして日本は、交渉によって利益を得ることを優先した。お互いに言葉を通じ合わせるのに数年を要し、お互いが納得がいく条件で同盟を締結するまでに、更に数年を要した。
 同盟が締結したのが2005年であった。最初に門が現れてから、6年たっていた。

 その間、何事もなかったわけではなかった。一番の影響は、異界からのマナの流入である。
 門を通じて漏れ出したマナは、東京から関東近郊まで広がりマナの密度を濃いものとした。そのため、門を通じて闖入した異生物の行動半径も広がってしまったのだ。
 当初はこちらにきてもマナが足りずに弱っていた異生物も、マナが充足したためにその脅威を増していた。被害に遭う人が増え、映像に収められ、そして人々は恐怖した。いつ現れるか分からない異生物に。
 街中を自衛隊がパトロールするようになった。街中に銃声が響くのが珍しいことではなくなった。しかし、政府は2005年まで態度を変えることはなかった。

 人々の中にも変化が生じた。マナを感じ取り、マナを操ることのできる人が現れだしたのである。
 元々、人間にも多かれ少なかれマナを操る能力は存在していたのだろう。運気に乗ったと感じることや、厳かな雰囲気を感じるといった経験は、誰しもがもっているものだ。そして、当然その能力に長けた人もいたのだ。ただ、水泳の素質を持っていても水がなければ気づかないように、能力が顕在化するに足るマナがなかったのだ。
 マナを操る能力を持った人々は、異能者と呼ばれるようになっていった。そして、1999年以降に生まれた子供たちは、マナの影響を受けて生まれながらに異能に長ける者がいたのだ。
 異能者は子供にこそ多かった。生まれながらに当然のようにマナを操る子供たち。彼らは言葉や歩くのを覚えるように、マナを操ることを覚えた。
 異能者と呼べるレベルの子供は全体数からは多くなかったが、無視できるほど少なくはなかった。そして、変わった者を忌避する風土が日本にはあった。異能を持った子供たちは迫害されていった。
 また、彼らの中には先祖返り――獣返りをする者も現れた。彼らは人の姿と半獣半人の姿との間をうつろった。そして、彼らはその見かけに相応な力を持っていた。
 親たちは必死に隠した。または忌避して見放した。魔女狩りへと発展するかもしれない緊張がある中、政府は異界との同盟を発表した。

 2005年。日本国政府は、国内と国外へ向けて異界との同盟を発表した。

 そして、マナの存在や、マナが子供に与える影響、異界人との関係、異界に流れた人々の救出、異生物への対策を発表した。その中で、アクスが生まれた。
 正式名称を内閣異生物特別対策室(AntiAbnormalCreatureSpecialSection)という。
 略称A.A.C.S.S.――通称アクス。異能者や自衛隊、警察関係者によって設立された異生物専門の戦闘集団であった。
 そして、2016年。異生物と戦う中で進化を遂げ、形態を変化させながらも、アクスは存続していた。多くの犠牲者を出しながら。


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